蜜月は始まらない
【柊くん、お疲れさま。昨日はお願いしちゃったけど、やっぱり、今日はお夕飯作って待ってます。私なら大丈夫。気をつけて帰ってきてね】



出過ぎた真似かな、と考えないでもなかった。

だけど『あのときああすれば良かった』と、遠くない未来このときを振り返って考えるなんて、それだけは嫌だ。
今自分が彼のためにできることを、精いっぱいがんばるんだ。

すべてのことに受け身でいたら、きっと私は後悔する。そう、いつか──この同居生活が、終わりを迎えたときに。



『花倉、俺と結婚してくれ』



桜の木の前で柊くんがくれた、予想外の言葉。

あのときあの場所でそれにうなずいたのは、ほとんど勢いだった。

けれどもふたり並んでお座敷に戻り、話がまとまったことをよろこぶ母たちが怒涛の如くやれ入籍はいつだの結婚式はどうするだのと話しているのを聞いているうち、少しだけ頭が冷えてきたのだ。

あ、やっぱり無理だ。私みたいな平凡女が、柊くんのお嫁さんになんてなれっこない。

そうは思っても、時すでに遅し。お母さんもゆきのさんも大盛り上がりで今後の話をしているし、今さら「すみませんやっぱりナシで!」なんて言える雰囲気じゃない。

グルグルと頭の中で悩んだ末、私はひとつ、重大なお願いをした。
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