蜜月は始まらない
私が小学生の頃に新築したから、築年数はすでに20年ほど。それなりに年季の入った戸建ての自宅にたどり着き、鍵を開けて中に入る。

玄関ドアを閉めて肌を刺す冷たい外の空気を遮断すれば、自然にほっと吐息が漏れた。



「ただいまぁ」

「おかえりー、華乃」



靴を脱ぎながら、気の抜けた帰宅の挨拶をする。キッチンの方から油のはねる小気味いい音とともに、聞きなれた母親の声が返ってきた。



「あ、今日コロッケ?」



空きっ腹を刺激する匂いにつられて、自室に行くより先にキッチンへ顔を出す。

やった、コロッケ大好き! 好物を見て思わず頬が緩んでしまう。

ガスコンロの前に立っていたエプロン姿の母が、私に気づいてこちらを振り返った。



「うん、じゃがいものやつとかぼちゃのやつね。荷物置いてきたらお皿出してー」

「はぁい」



素直に返事をした私は、2階にある自分の部屋へと向かう。

通勤に使っているバッグを置いて再び階段を下りると、洗面所で手洗いうがいをしてからキッチンに戻った。

お茶碗やら取り皿やらのセッティングを済まし、母とふたり食卓テーブルにつく。

私と同じく、母も日中は働きに出ている。学校を出てから、ずっと看護師一筋だ。

今日のシフトは早番だったらしい。現在ふたりでこの家に住む私たちの間では、その日どちらか早く仕事を終えた方が晩ごはんの用意をする決まりだ。

お互いに今日仕事であったことや、最近一緒に観ているドラマの話なんかをしつつテーブルに向かい合って食事を進める。
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