蜜月は始まらない
そんなふうに、いつもと変わらない平和な食卓の風景だったはずなのに。ふと母が、その日に限って突然爆弾を投下した。



「あ、そうだ華乃。あんた、今度お見合いしなさいね」

「……は?」



かろうじて、私の口から吐息とともに一音だけが漏れる。

言われたセリフの意味が理解できなくて、頭がフリーズした。ちょうど口もとに運びかけていた箸の先から、ポロリとコロッケが落ちる。

あ、よかった、コロッケ落ちたのお茶碗の中だった。セーフセーフ……じゃなくて!



「え、なに、お母さん……聞き間違いじゃなきゃ、今『お見合い』って言った……?」

「言ったわよ。なるべく早い方がいいからねぇ、今月末とかどう?」

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと待ってよ」



音をたてながら箸をテーブルに置き、慌てて母の言葉を遮った。



「何それ、もう決定事項なの?!」



そういえば最初、『お見合いしなさいね』ってほぼ命令形で言ってるし!

お母さんはずずっとひとくちあたたかいほうじ茶をすすると、同じように箸を置いて正面にいる私を見つめた。



「誕生日が来れば、華乃ももう29歳でしょう? ここらでお見合いのひとつしてみてもいいと思うのよ」

「いや、でも、私は」

「結婚なんて、もういいやって思ってる?」



ストレートなお母さんの物言いと眼差しに、思わず目を逸らして口をつぐんだ。

そんな私の様子を見た母は、軽くため息を吐く。
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