蜜月は始まらない
ついとっさに言い訳じみたそんなセリフが口から飛び出たのは、自分でも予想外のことだった。

けれどこの言葉に思うところがあったらしく、それから彼女はひとしきり悩んだ末俺の提案にうなずいてくれたので、結果的にはよかったのだろう。



『……ありがとう、花倉』



情けなくも震えそうになる声を抑え込んで礼を言う俺に、まるで花がほころぶような優しい笑みをみせた彼女。

この日俺は、この笑顔を独り占めできる権利を得たのだ。浮かれないわけがなかった。

彼女から『入籍は1年後にして欲しい』と言われたことも、多少ショックではあったが飲み込めた。

たしかに言い分はもっともだと思ったし、これまでずっと何年も顔を合わさなかったことを考えれば些細なことだ。

堪え性がないせいで彼女に嫌われるなんて事態は、なんとしても避けなければ。
焦らず、確実に距離を詰めていきたい。

再び腰を落ち着かせた座敷で、興奮気味に今後のことを話しまくる母親たちの勢いに気圧され苦笑する彼女を盗み見ながら、俺はひそかに決意を固める。
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