蜜月は始まらない
高校時代から、俺にとって花倉華乃は特別だったと。

ずっと、おまえのことが忘れられなかったと。

告げることもできたが、この日俺はそれをしなかった。



『こんなひどい形で恋人と別れることになるなんて、気の毒に……華乃さん、男性不信になっててもおかしくないわよ』



これは、彼女の母親から聞いたという最低な元カレの話を俺にも伝えた後、母が同情しきった声音でつぶやいていたセリフだ。

たしかに、結婚の約束までするような深い付き合いをしていた男に裏切られたとなれば、男全般に不信感を向けるようになってしまうこともありえるだろう。

直接本人に確認したわけではないが、実際会ってみて母の心配はあながち間違いでもないのかもしれないと感じた。

きっと華乃は、恋人だったはずの男に“浮気”という蔑ろな扱いをされた経験から、自分のことを過小評価しすぎる傾向にあるのだと思う。

昔から控えめな性格ではあったけれど、今の華乃は少し過剰なくらいだ。

最低な男との別れは、今も彼女に暗い影を落としている。
だから俺は、ずっと隠し持っていた想いをまだ胸の奥に秘めておくことにした。

こちらの真意を推し量ろうと探るような目で俺をうかがう彼女に、今の俺が何を言っても響かないと思ったのだ。

前の男とは違う。俺はおまえの敵じゃない。おまえを害することなんて、ありえない。

せめて、俺のことを人並み以上に信頼してくれるようになるまでは──今の華乃には荷が重すぎるこの想いは、隠し通さなければ。
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