蜜月は始まらない
母の口から出た名前と、頭に思い浮かべていた彼の顔が合致する。

私はぽかんと目を見開き、思わず「は、」と息をこぼしていた。



「うそ、なんで……そんな、柊くんと、なんて」



かろうじてしぼり出した今の自分の声は、震えていないだろうか。

お母さんは必要以上に動揺する私に構わず、どこか嬉々とした様子で話し出す。



「年末近くに、お母さんハーバリウムの体験教室に行ったじゃない? そこに、錫也くんのママも来ててね。ほらお母さんたち、PTAの役員で一緒だったでしょ? ちょこちょこ話したこともあったし、顔覚えててねぇ」



いや、PTAの役員が一緒だったとか初耳ですけど……。

そうは思っても無駄な横やりは入れないでいれば、さらにお母さんは口を動かす。



「かれこれ十年以上ぶりの再会に、結構盛り上がっちゃって。錫也くんのママ……あ、お名前はゆきのさんね。ゆきのさんがそのあと用事あったからお茶はできなかったんだけど、帰りの電車が一緒でいろいろお話ししたのよ」

「うん……」

「でね、『プロ野球選手ってだいたいみなさん結婚早いし、息子さんもそろそろそういう話あるんじゃないんですか~?』なんて軽い調子で振ってみたら、なんだかすごく深いため息をつかれて」



お母さん……電車の中で、なんて下世話な話題を……。

当人からすればものすごく余計なお世話じゃないの、親達のこんなやり取り。
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