片恋スクランブル


やだ。

こんな場面見たくなんかなかった。

どうして?

白川さんの事が好きなの?

八木さんの広い胸は、

八木さんの頼もしい背中は、

八木さんの温かい言葉を紡ぐ唇は、

菅谷さんの為にあるんだって思ってた。

全部……全部私の勘違いだったの?

八木さんは、最初から白川さんの事が好きだったの?

分からない……。

知らず、御園生さんの胸にしがみついてしまっていた。

苦しくて。

ただ無性に悲しくて。

誰かに支えてもらわないと、立っていられなくて。

目の前にいた御園生さんに甘えてしまった。

「……大丈夫か?」

不意に聞こえた低く穏やかな声音に、私は我に返る。

いつの間にか二人の姿は見えなくなっていた。

そして、私がしがみついていた御園生さんのスーツの袖にシワが出来ているのが見えた。

あ……っ、

あわてて彼から離れる。

よほど強く握ってないと、シワになんてならない。

「ごめんなさい」

彼のシワになったスーツの袖の部分を、撫でるようにしてシワを伸ばす。

そんな私の手を止めて、御園生さんは私の頬に触れた。

彼の親指が、私の目元を拭うように、数度動く。

その行為が、私の涙を拭っているのだと気付いて急に恥ずかしくなって、御園生さんから離れた。


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