御曹司は眠り姫に愛を囁く
休みボケも吹き飛ぶような忙しさで、一日が終わった。
繁忙期とそうでない時の差が激しく、カラダが付いて行かない時もある。
ほろ酔いのリーマンたちに交じり、電車に揺られながら帰路を急ぐ。
最寄りの駅で下車、近くのコンビニで明日のパンを購入し、目黒川沿いの道を歩き、マンションを目指していた。
太平洋側に発生した大型台風二十号が、湿った空気と強い風を街に運びこみ、連日続いた熱帯夜に終止符を打った。
後ろから、近づいてくる車のヘッドライトが私の背後を照らし、低速度で近づいて来る。
そして、遠慮がちにクラクションを鳴らした。
立ち止まって、振り返ると運転席に見える顔は室雨さん。
彼は私と目が合うなり、屈託のない笑みを浮かべて、車を停止させた。
運転席側のパワーウィンドを開けて、顔を出す。
「もうすぐマンションですけど、女性の夜の一人歩きは危険なので、乗って下さい。貴崎さん」
「え、あ・・・」
後部座席には、椎名さんの姿が見える。
「ねっ、貴崎さん」
室雨さんは車から降りてきて、迷う私を強引に後部座席に押し込んだ。