御曹司は眠り姫に愛を囁く
「君がお嬢様ね・・・見合いか・・・これで、俺のコトも忘れられるね・・・」

椎名さんは麻の上着のポケットから煙草とジッポライターを取り出した。


「吸っていい?」

「どうぞ」

彼が私の前に煙草を吸うのは初めて。瞳を伏し目がちにして、煙草を咥える椎名さん。

ジッポを擦る音と共に煙草に火が点った。

「私…その父の勧める御曹司とお見合いして、結婚します」

「そう、お幸せに」

椎名さんは煙草を口許から離し、燻らせて、抑揚のない声で呟く。



切羽詰まり、吐き出したお見合い話。でも、彼は全く動じず、逆に祝福の言葉を浴びせた。

あわよくば、「見合いなんてするな」と言う言葉を期待したが。
その期待は木っ端微塵に砕け、絶望的な感情が心の中を占めた。


「俺も父の勧める見合い相手と結婚する。
最初から、断るコトの出来ない見合いだからね。相手の方は『椎名家』の名とステイタスが欲しいらしいから・・・」


「椎名さん・・・」

オーダーしたカンパリオレンジとバーボンがそっと置かれた。

「じゃお互いの結婚に乾杯」

私達はグラスを掲げ、互いの幸せを願う。

切なく響く乾杯の音。

私は顔を少し上げて、瞼の奥に溜まった涙を堪えた。







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