また、いつか。
タイトル未編集
             Chapter1 ときめき
              ~わたしの日常~
 キラキラ光る水の中を、ただひたすらに泳ぐ。50メートルというゴールに向かって。
 泳ぎ切ったときに、沸き起こる達成感。この瞬間が、水泳をする中で、一番好きだ。
「風璃(ふうり)!50メートルバタフライ記録更新!28秒34!すごいじゃん風璃。」
タイムを計ってくれていた友達に笑いかけて、更衣室に向かった。着替えた後、わたしはそのまま帰ろうとせず、しばらくロビーの窓から外を眺めていた。これが、最近のわたしの日課だ。この窓からは、わたしの通っている高校のグラウンドがよく見えるから。
「あっ… 」
仲間からパスをもらって、そのままほぼひとりでシュートを決めた少年。彼は輝くばかりの笑顔で、ガッツポーズをした。その無邪気な子供のように純粋な笑顔に、胸がキュンと高鳴る。わたしに笑いかけているわけではないのに。
 「あら風璃ちゃん、奏空(そら)のこといつもよく見てるよね?」
「みみみみ泉菜(みずな)先生!」
わたしは大きくのけぞった。
「やだ、大丈夫?」
「はい。あの・・・、音原(おとはら)くんは、クラスメイトなんです。でも先生、音原くんのこと、ご存知なんですか?」
「私の息子だもの」
「ええっ!息子さんだったんですか!?」
「ええ。・・・向こうは母親だと思っていないでしょうけど」
泉菜先生、わたしのスイミングコーチは、切なげにため息をついた。どういう意味なのだろう?それを聞こうとした時、先生はほんの少しだけ重くなった空気を断ち切るかのように立ち上がった。
「そういえば風璃ちゃん。また記録更新してすごいじゃない。今度のオリンピックも、出場候補くらいにはなるんじゃないかな」
「え、本当ですか!」
もともとオリンピックに出てみたくて水泳を始めたから、思わず声が弾んでしまう。
「今のまま頑張ればきっとね。でも風璃ちゃんなら大丈夫」
「はい・・・!ありがとうございます!」
じゃあ私、そろそろ帰るね。風璃ちゃんも気をつけて帰ってね」
 「ふーうり!」
「うわっ!」
後ろから突然誰かに抱きつかれて、またさっきみたいにのけぞった。
「ちょっと心桜(みおう)!いきなり抱きつかないでよ。誰かと思ったじゃん。」
「えへへへ。いいじゃんいいじゃん」
そう言って無邪気に笑うのは、さっきタイムを計ってくれていた子で、クラスでも仲のいい、心桜。ちなみに、音原くんの、幼なじみでもある。
「ってかさ、風璃いっつも奏空のこと見てるよね」
「だってサッカーしてる姿、かっこよくない?」
「そうかなー。心桜、サッカーとか興味ないから」
「でも音原くんのこと、好きなんでしょ?」
「はっ!?心桜が奏空を!?そんなわけないじゃん。あいつ実はヘタレだし泣き虫だし、ただのサッカーバカだよ?」
「本当に違うの?」
「違うってばー!風璃には嘘つかないよ?」
「そっか」
「ほんとにわかってる?」
「わかってるわかってる」
 友達と笑いあって、毎日大好きな水泳をして。それなりに充実した日々を送っていた。その時のわたしは、まだ恋なんて知らなかった。誰かを好きになることの、喜びも、切なさも、何もかも。



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