また、いつか。
~かすかな不安~
音楽室で音原くんと話した日から、わたしたちはよく会うようになった。わたしは毎日スイミングがあったけど、音原くんはピアノのレッスンの帰りによく訪ねて来てくれて、そのあと家まで送ってくれることも多くなった。
「おれ、風璃が泳いでるところを見るの、好きなんだよね」
音原くんがそう言ってくれるのは照れくさいけど嬉しかったし、学校以外で彼に会えるのも嬉しかった。
もう、わかってた。わたしは音原くんのことが、好きなんだってこと。
その日の夕方も、スイミングが終わった後、一緒に帰っていた。
「夏休み明けたら、3年生の科目選択しなきゃだよね。音原くんは理系だから楽でいいなー。コース選ばなくていいもんね」
わたしの学校では、3年生になると文系は3つのコースに分かれる。数学と理科を全くやらないコース、全教科をまんべんなくやるコース、そして音楽や美術など芸術を中心にやるコース。
「…まあね…。雪野は、どのコースにするか決めてるの?」
「んー、数学嫌いだし、たぶんスポーツ推薦狙うから、理数がないコースかな?推薦だと早く決まるから、そのぶん水泳できるじゃん?」
「そっか、大学でも水泳続けるんだな。どっか海外の、大学受けたりするの?」
「え、何で?大学は日本のに行くよ。卒業したら、もしかしたら留学するかもしれないけど。そう聞くってことは、音原くんは留学を考えてるの?」
一瞬、言い淀んだ音原くんは、すぐに
「…まだわかんないよ」
いつもの笑顔に戻って答えた。
でも一瞬だけ見せたさっきの表情は、まるでなにか大切なことを言うか言うまいか、迷ってるみたいだった。突然、わたしの心を小さな不安がよぎった。
ねえ、音原くん。急にどっか行っちゃったりなんて、しないよね?
でも臆病なわたしは、この不安を口に出すことができなくて。ただ、いつものように会話を続けて、家の前で、「送ってくれて、ありがとう」と言うことしかできなかった。
もし、勇気を出して聞いていたら、きみは答えてくれたのかな。

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