君の隣は。
その様子をミラーで見ていたらしいメガネさんと目が合う。
「……なんですか」
「いや~、ただスキャンダルはやめてほしいな~とは思ってるけど?」
「…そんなんじゃありませんよ」
「だといいけどな。
そんな表情できんなら、ドラマの方でも出ればいいのに」
「それは……無理です、社長の意向なので」
「へいへーい、それを言われると何にも言えねーよ。
まぁ、気を付けてくれよ?」
それに小さく頷き、先ほどのイチさんからのメッセージを思い出す。
(今日も……頑張る)
「そういえば……まだお互いにあの名前で呼びあっているのか?」
思い出したかのように、メガネさんは私に問いかけてくる。
私はそれに肯定する返事をした。
「なんだっけ、隣の1001号室だから『イチ』さんなんだっけ?」
「…なんだっけ、とか言いながらよく覚えてるじゃないですか」
「そう怒るなよ…」
悪かったって、と言いながら苦笑するメガネさん。
メガネさんの言うように、私はイチさんの名前を知らない。
向こうも私の名前を知らない。
これから先もおそらく知らないまま過ごすと思う。
そのことに少し心が痛むのを感じ、あてつけにメガネさんの背もたれを後ろから蹴ってやった。
私たちはお互いの名前を知らない、「隣人」なのだ。