おはようからおやすみを笑顔で。
「そうか」

私の言葉に対して斉野くんは短くそう答えるのみ。

すると彼は、急に上着のスーツを脱ぎ出す。

突然のその行動に驚き、目を見開いて彼を見つめていると、その上着は私の頭にバサッと掛けられる。


「わっ。な、なに?」

一瞬視界が覆われたけれど、上着を手に取って再び彼に視線を向けると、私の方は見ていなかった。

暗くなり掛けている空を見上げて、だけど私に向けて言葉を発する。


「それ、貸してやる」

「え? いや、寒くないけど……」

「涙でも鼻水でもいくらでもつけていいから、そんな泣きそうな顔してんじゃねえよ」

「え……?」


泣きそうな顔ってどんな顔? 私、別にそんな顔してない……


そう思ったけれど、斉野くんに指摘された瞬間、涙が頬を伝うのがわかった。


「あ、れ……?」

おかしいな。どんどん溢れてきて止まらない。
そういえば、胸も、痛いや。


「家まで送っていってやる。それまでその上着も貸しておいてやる」

そう言うと彼は私に背を向けて、先ほど車を停めた方へと歩いていく。

私も、彼の後をついていく。時々、彼の上着で顔を隠しながらーー。
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