おはようからおやすみを笑顔で。

斉野くんの運転する車が、もと来た道を走っていく。
日はすっかり暮れてきて、外は暗い。暗い方が、泣いて不細工になっている顔が見られにくくていいけれど。


車が走り出して五分くらい経つけれど、斉野くんはなにも言わない。
昔から口数の多い人ではないし、交番で再会してからドライブをしていた間も会話が弾んだわけではなかった。
それでも、何故か。本当に何故か、彼が私になんて声を掛けたらいいのかを頭の中で探してくれているような気がした。

実際のところどうなのかはわからないけれど、このくらい空気は私自身が変えるべきだと思った。


「そ、そういえばさ! 私、斉野くんのことはさっきまで忘れていたけど、〝選択肢〟のことは覚えてたよ!」

頑張って涙は引っ込めて、なるべく明るくそう話してみる。


そう。これもさっき思い出したことだけれど、なにかを考えるときにまず頭の中で選択肢を作って整理してみるというやり方は、小学生のときに斉野くんに教えてもらったことだったのだ。

それは、私がまだ斉野くんに意地悪をされる前の話。
意地悪をされる前は、私と彼はまあまあ仲が良かった。
おっちょこちょいでうっかり屋で、大事な選択を間違えがちな私に、斉野くんがくれたアドバイスだった。頭の中で整理してからものごとを決めていけば、間違えることも少なくなるから、って。

いつしか彼のことは記憶から消していたけれど、選択肢を立ててから考えるというやり方だけはちゃっかり覚えていた。
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