おはようからおやすみを笑顔で。
斉野が沙耶のアパートに着いたのは二十時ちょうどだった。
インターホンを鳴らすと、ラフな部屋着姿の沙耶が登場して、無防備なその姿に内心ドキリとした。
「お疲れ様! ご飯作ってあるよ! 斉野くんが好きって言ってた肉じゃが!」
「あ、ああ……」
短く返事をすると、部屋の中へと上がらせてもらう。
沙耶はいつも、斉野のことを〝クールで落ち着いている〟と言う。
それも勿論間違いではなく、寧ろ事実ではあるのだが、本当は、沙耶の前では緊張して落ち着かない時もある。しかしそれを必死に隠している。
今もまさに、その状態だった。
久し振りに会った彼女を、自分のために食事の用意をして笑顔で出迎えてくれた彼女を、今すぐにでも抱き締めて滅茶苦茶にしたい、なんて危険なことを心の中では考えていた。
部屋の中へと入ると、斉野はいつものテーブルの前に座り、沙耶の手作りの肉じゃがをご馳走になった。
沙耶は先に食事を済ませていたが、斉野の向かい側に座り、二人でたわいもない会話をしながら和やかな時間を送っていた。
しかし、斉野は内心戸惑っていた。
理由は勿論、沙耶と神代が自分の知らないところで会っていたという事実を知ってしまったからだ。
今のところ、沙耶の口からその話題は出てはこない。
出来れば、沙耶から報告してほしいと斉野は思っていた。
さらっと報告されて、自分が心配するような事態ではないことを確認したかった。
でも、そんな話題になる気配もない。
沙耶にとっては大したことではないから報告してこないという可能性もある。
だが、それは斉野にとっては、逆に事実を隠されているような気分になりかけていた。