おはようからおやすみを笑顔で。
「沙耶から煽ってきたんだから、なにされても文句ないよな?」

斉野はそう言って立ち上がると、沙耶にじりじりと近付いていく。
比例するように、沙耶はお尻で後ずさるが、斉野は沙耶との距離を一気に詰め、彼女の隣で再び腰をおろした。


すると、正面から沙耶の肩を掴み、顔と顔を近付けると、先程よりも一層不敵に笑ってみせる。


「さ、斉野くん。ちょっと落ち着いて」

「祐」

「え?」

「祐って呼べよ」


急にそんなこと言われても! と沙耶は慌てふためく。
勿論、呼びたくないとかではないのだがーー今までずっと名字で呼んでいたのに、急に名前で呼ぶのは恥ずかしいと感じた。呼べよ、と言われて呼ぶのだから、尚更。



しかし、沙耶が〝祐〟と呼ぶまで、斉野は沙耶の肩を話す気配はなさそうだ。
この体勢のまま、こんなに近い距離で顔を見つめられているのはそれはそれで恥ずかしいーーそれならば一瞬だけ我慢して名前を呼んでしまった方が、自分自身が楽になれそうだ、そう感じた沙耶は、真っ赤に染めた顔で「……祐くん」と口にした。


だが、意を決して名前を呼んだというのに、斉野はなにも答えず、肩から手も放さず、顔も至近距離のまま。


「……斉野くん?」

嫌な予感がして、沙耶が斉野の名前を呼ぶと、その嫌な予感は的中した。


「名前で呼ばれるの、凄いクるな」
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