名取くん、気付いてないんですか?
朝、教室にて。
「朝霧さんの大和中毒の重さを知ったよ」
机に突っ伏してでろんでろんにうなだれるわたしに、相澤くんがいつも通り王子様スマイルで見つめているように感じる。
でもあくまで感じてるだけであって、今はわたしの目には艶の良い紫色の野菜……なすびが映っていた。
席がとなりで声が相澤くんだから、かろうじて判断できるレベルだ。
なすびってわたし、別に嫌いじゃないけど、好んで食べようとは思えない野菜だなー。味は大丈夫なんだけど食感がちょっと苦手で。だからこんなイケメンっぽい美しいなすびも、あんまり受け付けないかも。
そんな野菜が今となりに座ってるのか……。すっごい複雑な気分になってくる。
それに比べて、わたしの視界には映ってないはずの名取くんの存在感は凄かった。わたしの目の端はちかちかと輝き、『ここだよ、見て!』と主張が激しい。
試しにちら見してみたら、通常ではありえないほどの光を浴びせられた。もちろん、その光の発信源は名取くんである。
……告白を決意してから、数日が経っていた。
いざ決意してみると余計に意識してしまって告白どころじゃないし、毎日さりげなくをモットーに頑張っていた朝の挨拶も緊張してできなくなって……。
「駄目だ……名取くんが眩しすぎて直視できない……。でも名取くん成分が足りないー……」
この有り様だ。
話したいのに、話せない。見つめたいのに、見つめられない。こんなの拷問だー! なのにどうして意識しちゃうんだ! 今まで顔が赤くなったりはしたけど、こんなことなかったのにー!
「ふぅん、そこまで大和が好きなんだね」
なすびくん……もとい、相澤くんが優しい声色で言ってきた。なんか最近はからかわれてばかりだったし、そんなに優しいなすびになられたら照れてしまう。
あれっ、なすびがだんだん薄くなって……あっという間にイケメンな相澤くんの姿に元通りだ。
どうして、急に。
もしかしたらと名取くんを見ると……うっ、まだ眩しい! あ、でも、さっきよりはましになったかも。
リサちゃんはまだ来てないけど、今なら挨拶できるかも!?
勢いに任せるしかないと思って、席を立つ。なぜか相澤くんも満足そうにわたしに着いてきた。
名取くんに近付くと名取くんもわたしを視界に入れてくれて、目がばっちり合う。
ドキドキ。意識はやっぱりしてしまうけど、たぶんこれは……いける! 今だ!
「なっ、名取くん、おはよう——」
「はよ、大和」
なんでやねーーーんっっ!!
わたしを隠すように前に立った大きな背中は、まっすぐに名取くんの元へと歩いていく。
下手な関西弁は空回る。ショックで足がもつれたわたしはふらりと立ちくらみ、近くにあった机に手をついた。
おのれ……和久津くん……っ、和久津裕也! 許さんぞー!
わたしより先に挨拶をし、あからさまな嫌がらせをしたのは、和久津くんだ。
和久津くんはこっちを振り向くと、名取くんには見えないのを利用してドヤ顔をしてくる。舌を出して、馬鹿にもされた。
むきーっ! 葵ちゃんだけじゃままならず、わたしにもそういう姿を見せますか! この間、少し優しいかなとか思って損した!
これじゃあ、相澤くんにからかわれる方がまだましだ。相澤くんは、名取くん絡みではそんなことしないし。
もう……わたしの勇気、返して……。名取くんも、和久津くんの挨拶にかき消されてわたしの声聞こえてなかっただろうな。
はぁ、と息を吐いて、席に戻ろうと向きを変えた。
そのとき。
ぽん、と肩に誰かの手が置かれた。
その重みに驚いて振り返ると、瞬間触れられた肩が急激に熱くなる。声が出なくて、真っ赤なまま口をパクパクと動かすだけのわたしを見て……名取くんはこてんと首を傾ける。
「え……あれ、今、俺に挨拶しなかった? ……おはよ、朝霧さん?」
な、な、な。
なんてこったーー!!
そんな、まさか聞こえていたなんて。はっ、見たか和久津くん! 名取くんはこういうことがさらりとできる人なの! あああ、もうほんと好き! その首を傾げ方とかもう……もう!
「おはよう……名取くん」
少しましになった眩しさに目を細めながら、胸に暖かいものを感じて笑うと、名取くんも嬉しそうにへにゃりと口角を上げる。
「じゃあね」と戻っていった名取くんの後ろ姿に見惚れていると、ひょっこり相澤くんがとなりに現れた。何か言うわけでもなく、ただ王子様スマイルを浮かべて。
わたしは早くこの胸を熱を誰かに伝えたくて、相澤くんを見上げて言った。
「いや……なんかもう……。名取くんめっちゃいい匂いしたんだけど……」
数ある気持ちの中で、なぜわたしがこの感想にしたのかは、謎だ。
相澤くんの王子様スマイルが不自然につり上がるくらいは、変だったと言えるだろう。