名取くん、気付いてないんですか?
リサちゃんも登校してきて、朝の怪我チェック。手の甲に木の枝で切ったというかすり傷があった。これくらいなら……まあ、許そう。
ほんとは一緒に学校行きたいし、行った方が安全なんだけど、リサちゃんにはなぜかそれを頑なに拒否されている。
いわく、ひとりで行けるくらいに自立したいんだそうだ。リサちゃんはドジっこなことを自覚してるから、他の人に迷惑をかけたくないと。
良い子だよなー、と机に頬付きながらリサちゃんを見ると、わたしと相澤くんの席の間に立つリサちゃんと目が合った。そして、リサちゃんのほんわかとした笑顔に癒される。
うわぁ……リサちゃんと相澤くんの笑顔に挟まれてるわたしって、すごい。嫌なことなんてすぐに浄化してくれそう。
「和久津! 避けるなでござる!」
「は? 無茶言うなよ」
葵ちゃんと和久津くんのいつもの手裏剣合戦を横目で見つつ、そんなことを考えていた。いや、別にこの二人がどうこうってわけではないからね。たまたま視界に入っただけだから。
うん、このコンビの相性は今日もバッチリだ。本人達に言ったら全力で否定するだろうけど。
なんか見てて微笑ましいというか、男女の仲っていうよりは兄妹の方が近いかも。それも全力で否定されそうだけども。
「あ、そうだ朝霧さん。朗報」
本を読んでいた相澤くんが顔を上げ、いじけながらちまちま手裏剣を拾う葵ちゃんを見て可愛い……と愛でていたわたしに話しかけてきた。
一緒に眉を下げて困ったように笑っていたリサちゃんも相澤くんを向いて、わたしと相澤くんの目が合うように少し避けてくれる。
朗報……? わたしに? わたし関連の嬉しいことって……え? ちょっと、え、期待しちゃうよ?
思わず身を乗り出したくなる突然の話題提供に、すぐにわたしの目は相澤くんの意味深な笑みに釘付けになった。
「さっきね」
「……うん」
ごくり。喉を鳴らす。もうやめてよ相澤くん。じらしプレイですか? ごめんなさいわたしそういうの好きじゃなくって……せっかちなんですよ。
だからそんなニヤニヤばかりしてないで、早く言ってくれないですかね。釣った魚には餌やらずに餓死させるタイプか? わたしは魚じゃないからさ、早く、ねぇ。
「大和が、朝霧さんのこと……」
や、やっぱり、名取くん関連のことか……!
相澤くんの薄い唇がゆっくり動いて、強くわたしを引きつける。あっ、わたし今完全に釣られてしまってるな。もういいや、餌くれるなら。
はい、どうぞ!
「見てて面白い人だって言ってたよ」
——ゴンッ!!
刹那、わたしは鈍い音をたてて机に頭をぶつけ、悶えていた。
痛いから悶えているのではなく、もちろん嬉しいからだ。でも痛みさえも甘い。甘くしびれる痛み。
嬉しい。どうしよう。もしかして、わたしの気持ちは伝わっていた? 見ててって、名取くんもわたしのこと見てくれてたってことだよね。
……ん? いや待てよ。待て待て、冷静になれ朝霧みお。うぬぼれるのはまだ早い。だって、そういえばわたしさ……。
「名取くんと目が合ったことないんだけど……」
わたしは一日中見てるのに。一回くらい、合ってもいいはずだ。
もしほんとに、見てるならね。
「もう、相澤くん!」
またからかわれた! 気付かないわたしもわたしだけど!
本を読むのに再開していた相澤くんが驚いた顔で「え」と漏らした。なんだよ、しらばっくれてるのかー?
それを見たリサちゃんも頬を膨らませて。
「え~? 嘘吐いたの?」
「えっ、いやいや、岸さんまで?」
「相澤くん~? みっちゃんをからかったの~?」
ぷんぷん、とでも聞こえてきそうなリサちゃんの怒り方に、相澤くんが苦笑を浮かべる。
へえ……珍しい。相澤くんが焦ってる。なんだなんだ、弱点はリサちゃんだったのか! よーし、それなら、リサちゃんもっと行っちゃえ!
相澤くんは、名取くんのことには何も嫌なこと言ってこないと思ってたのに。
そう思って、責めた後のくせにまた少しだけ期待してしまっていた。
「…………うーん、本当なんだけどな」
相澤くんの小さなつぶやきは、聞こえていなくても。