名取くん、気付いてないんですか?


 リサちゃんと葵ちゃんと別れた帰りに、本屋さんに来たわたしの手の内には、今日発売の少女漫画の新刊。


 となりには同じ本を手に取り、ポカンと口を開けてわたしを見る——



「な、なとり、くん……?」



 わたしからはまぬけな声が出た。


 どうして、名取くんが少女漫画コーナーで、少女漫画を手に取ってるの?


 そればかりが先行して、なかなか次の会話に進ませてくれない。「さっきぶりだね」とか「偶然だね」とか言えばいいのに……言えるわけないじゃん!?


 ちょい……待て。一回冷静になってみようか朝霧みお。


 別に、少女漫画のあれこれはいいんだ、別に。名取くんとの再会に運命を感じるとか、レアな表情ごちそうさまですとか、そういうことにわたしは動揺してるんだたぶん。


 うあぁ、名取くんも気まずそうだねすごく! やっぱり少女漫画の件は大事でした少女漫画のあれこれ気になります!


 ていうかこの少女漫画、結構マイナーなのに。名取くんも見てるって、わたし達……趣味が一緒ってこと? え、どうしよう嬉しい。



「こ、これ、名取くんが買って読むの?」



 一応、確認。もしかしたら、妹さんとかお姉さんとかがいて頼まれたのかもしれないし。それでも、本屋さんで会えるっていうのはかなり運命感じてるけど。


 気持ち悪さとかは、ない。これって女子が少年漫画読むのと、あんまり変わりないだろう。それに少女漫画を読む男子って、普通にいるみたいだし。


 名取くんは手に持った少女漫画、『愛と植木鉢』を握りしめると、逸らしていた目をゆっくりわたしと合わせる。


 ……名取くんのこんな顔、初めて見た。もう最高。かなり来るものがある。好きだー!



「あ、えっと、うーん……」



 でもやっぱり名取くんにしては言いにくいのか、口ごもって曖昧な返事をしてきた。えーと、ああ……そうか。名取くんは、ちょっと恥ずかしさとか感じちゃう人なんだね。


 まだそこまで信頼関係があるわけでもないし、話しては、くれないのかな。一方通行って、こういうとき嫌になるや。


 だんだん不安になっていって、きっとわたしは眉が下がってたんだと思う。名取くんがぎょっと目を見開いて、苦笑いをした。



「実はそうなんだけど……あの、引いた?」


「え」



 どうして、そうなる?


 わたしはもう、さらっとでも名取くんがほんとのこと言ってくれたのが嬉しくて舞い上がっているというのに。


 思い出したかのように頬が熱くなって、自然と笑みがこぼれた。



「ううん、語り合いたいって思った!」



 あと、やっぱり好きだと再認識もしました! どんな名取くんだって愛せる自信が大きくなって、わたしはレベルアップ!


 好きな人の漫画の趣味、知っちゃうなんて。これはあれだ。進展、期待してもいいんだろうか。しなくてもいいなんて嘘だ!



「やっぱり朝霧さんって……」



 え、なに。また名取くんはポカンとした後、わたしを見据える。心の内を暴かれそうで、すごくドキドキした。



「愛鉢のヒロインに似てると思ってたんだ……!」



 ……え。


 きらきらと目を輝かせて『愛と植木鉢』……通称『愛鉢』の表紙に描かれたヒロイン、植木八重ちゃんとわたしを交互に見比べる名取くん。


 うんうんと大きく頷いて「じゃあ、先行くね」と本をレジに持って行ってしまった。


 わたしは引き留めることもできなくて、ただ顔だけが熱い。


 に、似てる? わたしと、この八重ちゃんが? 愛鉢の植木八重ちゃんっていったら、植木鉢を通して二人のイケメンに迫られる美少女なんだけど?


 わたしっていったい、名取くんにどういう印象を持たれてるんだろう……?

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