名取くん、気付いてないんですか?


 『愛と植木鉢』。なかなか花を上手に育てられない主人公八重ちゃんが、ある日何者かから花の種を送られて始まる話。


 八重ちゃんは今度こそと植木鉢を買って、毎日水をあげた。だけど、やっぱり枯らしてしまう。 


 家の前で落ち込んでいたところに偶然同級生のイケメン二人が通りがかり、残りの種を三人で育てていくことになることから交流を深めていく。


 ……とまあ内容はこんな感じで、八重ちゃんは他人想いで優しくて魅力満点。


 好きな人にも振り向いてもらえないのに、似てるなんて言われて素直に喜んじゃってもいいものなんだろうか。


 わたしも他の本を手にとって、お会計を済ませた。名取くんはもう帰ったのかな、と少し落ち込みつつもお店から出る。



「……あ、朝霧さんも終わった?」



 名取くんがいた。


 落ち込んだわたしはすぐにどこかへ飛んでいって、興奮してぽかぽかと温まりだす胸に身を任せる。名取くんに駆け寄って、精一杯の笑顔を向けた。


 どうしようどうしよう。嬉しいー! 今すぐ一人でぴょんぴょん跳ねたい! 心の葛藤を吐き出したいー!



「ま、待っててくれたの!?」


「ん? ああ……朝霧さん、語り合いたいって言ってたし、帰りだけでもと思って」



 「行こっか」と言って名取くんはわたしをエスコートしてくれる。


 なんだ、なんだよ。


 これじゃあ、まるで制服デートじゃないかー!


 大丈夫? にやけ抑えられるのかわたし。いや、無理な気がする。今の内に言い訳考えておかないと。えーっと……そうだな、例えば……。


 なにかが喉まででかかったところで、名取くんが小さく笑った。



「……楽しそうだね」


「ええっ!?」



 気付くの早すぎだって名取くん! いつもの鈍感さはどこへ行ったっていうの!?


 ああ、えーと、まだ考えてる途中だったのに! それになにか思い付きそうだった、えっとえっと、確か、



「そんなに嬉しいんだ?」



 ……っば、バレてた!? 鈍感を装った確信犯だった!?


 こんなところで終わってしまうの朝霧みお? 気付かれてしまったなら、もうここで告白してしまうとか?


 なんてこと……名取くんに告白するときはちゃんとムードを考え、もしも「え? なんだって?」なんてことがないように、二人きりの声が聞こえやすい静かなところでしようと思ってたのにな。


 まさかこんな、人通りもそこそこあるにぎやかなところですることになるなんて……!


 で、でも逆にチャンスとも考えられる。名取くんは、わたしにチャンスを与えてくれたんじゃないか?


 それなら、もうするしかない——!



「あっ、あの、そうなんだけど……っ!」


「あー、うん、わかるよ。俺もだから」


「はいいぃぃぃぃ!?」


「わっ、ど、どうしたの」



 それはこっちの台詞です!


 ど、どど、どういうこと!? も、もしかして、名取くんもわたしを想ってくれていた!? そんな……わたしはもうとっくに報われてたの!?



「え……な、名取くんも、好き?」


「う、うん。もちろん好きだけど……?」



 う、うそ……。なんか、涙が出てきそうなんだけど……。



「あ、あの、付き合ってくれる?」


「うん、いくらでも付き合うよ」



 なんてさらっとした告白と返事。


 ううん、いや、いいの。幸せなのは変わらないし、わたしは名取くんと気持ちが通じ合っていた、ってだけで十分満足だ。


 まさか急にこんな展開になるとは思わなかったけど……今日は最高の1日!



 これでわたし達は晴れて恋人同士に——!



「それで、朝霧さんは瞬と春人、どっち派なの?」



 ん?


 あー、これ、あれか。名取くんお得意の切り替えスイッチ。別に、恋人なことを否定してこないしね。愛鉢の話をいち早くしたいってこと、だよね?


 で、でも、だとしてもなんか、さらっとしすぎてるっていうか……。


 確認、してみるか?

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