名取くん、気付いてないんですか?
ちらちらと名取くんのことを見つつ、妄想へ浸る。
名取くんに似合う少女漫画のシチュエーションってなんだろう?
わたしが一番されたいのは、お姫様だっこかなぁ~。人に見られるのは恥ずかしいけど、二人きりのときにされてみたい!
「おはようでござる、みお殿」
「……わっ!?」
頬がゆるゆるなわたしの机の下から、ひょっこり現れた小柄な少女。わたしが驚くところを見ると、にんまりと満足したように笑った。
「忍法、隠れ身の術でござる」
その口調と発言から彼女……八雲葵ちゃんが忍者に何かしらの愛があることがわかる。
初めは忍者口調なんてびっくりして動揺しっぱなしだったけど、もう慣れちゃった。葵ちゃんは見た目黒髪清楚なかなりの美少女だから、もったいないなーとは思うけど。
だけどこのいたずらに成功したときのにんまりとした笑顔があまりにもまぶしいので、それを言ったことはまだない。
「おはよ、葵ちゃん。えへへ、気がつかなかったよー」
へらりと笑えば、葵ちゃんは八重歯見せてを嬉しそうに頷いた。
「じゃ、また後ででござる!」
葵ちゃんはさらさらと流れる黒髪を揺らしながら、今にもスキップしそうな勢いで自分の席へ戻っていく。わたしはそれに手を振って、もう一度名取くんを見た。
わたしだって、名取くんにアプローチはしてるつもりである。ただ、それには少しだけ条件があって、今はまだその条件が揃ってないだけなのだ。
なんて考えていると、噂をすればなんとやら、その条件が葵ちゃんに続いて教室にやってきた。
その子はゆっくりしたペースに、まさにぽてぽてなんて擬音が似合う歩き方でわたしの方へ来てくれる。
「おはよ~、みっちゃん~」
わたしをみっちゃんなんて愛称で呼ぶのは、小学校からずっと一緒の岸理沙子ちゃん。わたしはリサちゃんって呼んでる。
ほんわかとした雰囲気で、緩くウェーブがかかったショートカット。細すぎる足には包帯が……包帯!?
……包帯!?
ああー、待って待って。見間違いかもしれない。ただの白の靴下かも。
もう一度見よう。上からじっくりと見よう。よーし、せーのっ!
「その包帯どうしたのーー!?」
どうして何回見てもぐるぐる包帯なんだよ!
って、理由はわかっている。
「あ、ちょっと今朝転んじゃったんだ~」
照れたように笑うリサちゃん。包帯巻くほど転んだっていうのに、笑っていられるリサちゃんはなんて強い心の持ち主なんだろう。
……リサちゃんは昔からかなりのドジっこだった。
何もないところで転ぶのは日常茶飯事、音読をすれば舌を噛んで悶えるから先生は当てないし、体育も危ないのでいつもリサちゃんの周りは三人体制だ。
「大丈夫なの……?」
「うん、大丈夫だよ~。じゃ、行こっか、みっちゃん」
心配すればわざとらしく逸らされて、ちょっとむっとするけど、リサちゃんの言葉の意味がわかるとわたしの胸は大きく脈を打った。
リサちゃんが名取くんにアプローチするための条件な理由。
それは……。
「名取くんおはよ~」
「ん、おはよ。岸さん」
リサちゃんが、名取くんのとなりの席だから。