名取くん、気付いてないんですか?


 翌日。昇降口で靴を履き替えていると、葵ちゃんとばったり会った。葵ちゃんはわたしを見ると嬉しそうに頬を緩めて、そのすぐあとに心配そうに近づいてくる。



「き、昨日は、大丈夫だったでござるか!?」



 必死にかかとを上げて背を伸ばす姿が可愛い。 


 昨日のメールを思い出して、実は一番気にしてるのは葵ちゃんなことがわかる。「なにもなかった」と返すと再びほっと表情を柔らかくさせ、わたしのとなりに付いて歩き出した。


 うーん、今日も葵ちゃんはキュートだ。このちょこちょこととなりを歩く感じが小動物のようで非常に愛でたくなるんだよなー。


 そうだ。せっかく偶然会えたんだし、折り紙のこと言っておこうかな。



「ね、葵ちゃん。わたしに手裏剣の作り方、教えてくれない?」


「えっ!」



 一瞬で葵ちゃんの雰囲気が明るくなった。頬を赤らめて、ちらちらと笑う度に覗く八重歯がわたしの胸をくすぐってくる。



「う、うん! 了解でござる——あ……」



 葵ちゃんはなにかを捉えると、ぴたりと視線を留めた。それは、前を歩く和久津くん。わたし達に気付かず小さくなる背中に、葵ちゃんは足も止めてわたしに向き直る。


 その瞳は揺れていて……。あれ……この目、どこかで見たような……ああ、そう、和久津くんだ。昨日の和久津くんと、似たような目をしてる。


 急に、どうしたんだろう。



「……あの。みお殿」



 自信なさげに言うので、ん? と耳を傾けた。



「実は……拙者の手裏剣は——」



 そこで、葵ちゃんが言葉を飲み込む。え、続きが気になるんだけど。


 でも、追求はできなかった。葵ちゃんはまだ言おうと口を開閉してパクパクと動かしていたけど、表情はつらそうだったから。タイミングが違ったんだね、きっと。


 もういいよと言って、「でも……」と続けようとする葵ちゃんの頭を撫でた。柔らかく笑顔を作って、もう一押しする。



「また今度、言ってね」



 それが葵ちゃんにとって救いの言葉だと思った。



 二人で教室に入ると珍しく早くにリサちゃんが来ていた。わたし達に笑顔で手を振ってくれている。


 ああ……癒しだ。手の指に絆創膏という名の装飾品が三つもなければ、もっと落ち着いていられたというのに。


 となりの席の相澤くんはいつもより騒がしい。正確には相澤くんが騒がしいのではなく、相澤くんに群がる女子が騒がしいんだけど。


 今日は定期的にやってくる、別のクラスの女子三人組に絡まれてるようだ。うわ……相澤くんたら酷い顔。笑顔の欠片もない。


 ま、わたしには関係ないけどね。


 さあ早速荷物を片付けたら名取くんのところへ挨拶しにいこっと!

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