名取くん、気付いてないんですか?
葵ちゃん、そう呼べば揺れる肩にゆっくり近付く。こういうとき、わたしはどういう態度をとればいいのか。
優しく慰める——うーん、どうやって? 事情も知らないのに声をかけるのは間違ってない? だけど、なにも言わないっていうのも変だしな……。ここにいるってことは、見てたってわかるだろうし。
はぁ、ダメだな。わたしはここで、
「葵ちゃん、帰ろっか」
聞かなかったことにするっていう、一番いけない選択をする。
わたしは葵ちゃんの話を聞くべきなんだ。だけど聞けない。聞くのが怖い。わたしは葵ちゃんの全部を受け止められるのか、葵ちゃんのために、なにかしてあげられることはあるのか。
それは……たぶん、きっと、今のわたしにはない。葵ちゃんからの言葉を待つしかないんだ。
葵ちゃんは静かに屈んで落ちていた手裏剣を拾う。そのままとことことわたしへ寄ってくると、小さく頷いた。もう、言い訳する気にも説明する気にもなれないんだろう。
顔はくしゃくしゃに歪んでいる。間違ってなんかないよと伝えるために、葵ちゃんの頭を一度だけ撫でた。
ちゃんと待っててくれた忠犬リサちゃんは「遅いよ~」と文句を垂れながら、葵ちゃんの存在にはなにも言わない。
葵ちゃんもそれにほっとした表情を見せたし、これでよかったんだ。わたし、ちゃんと葵ちゃんの望む通りにできたんだ。
部外者なわたしがむやみやたらに突っ込む問題じゃなかったのかもしれない。
わたしも一息吐いて、リサちゃんの怪我がないことを確認する。なにもないことに驚くわたしにリサちゃんは嬉しそうに目を細めた。
「よし、帰ろうでござる!」
葵ちゃんの言葉を合図に、わたしたちは他愛ない話を始めたのだった。
※ ※ ※
家に帰るとスマホが震えたので、手に取る。
メールじゃなくて電話だ。ディスプレイには、名取くんの文字……ん!? 待って!?
な、な、なんで名取くん!? しかも電話で!? ど、どうしよ、いやいや出なきゃ! 深呼吸して、声がおかしくならないように……。
恐る恐る通話ボタンに手を伸ばして、ちょん、とタップする。うわわわ、繋がってしまう! 名取くんと通話するんだわたし! まだ気持ちの整理できてないってばー!
『……あ。朝霧さん?』
スマホを耳に近付けると名取くんの声がして、心臓が跳ねる。み、耳元に! 耳元にあの名取くんの声が! し、幸せすぎるー!
「う、うん、どうしたの?」
ついつい声がうわずってしまった。
好きな人からの電話なんて想像したこともなかったな。嬉しいとかの次元じゃない。下手したら天に召される。それくらいの衝撃。
でも照れてるのはわたしだけみたいで、名取くんはいつもと同じトーンだ。でもその中で少しだけ、焦りが感じられるのをわたしは見逃さなかった。
これって、たぶん、照れてる場合ではないよね。
『あのさ……八雲さんの話、聞いた?』
……どうやら名取くんは、わたしの知らないことを知っているようだ。