名取くん、気付いてないんですか?


 四人の姿が見えなくなって、和久津くんと二人教室を出る。


 どうして時間をずらすのかと問うたところ「は? 聞かれたくないからに決まってんだろ」と睨まれるどころか哀れまれた。そんなこともわからないのか……可哀想だな、と。うん、すごく悲しい。


 でも、最近は少しだけ和久津くんとの距離が近付いた気がする。相変わらず口が減らないけど、全部が全部本心じゃないっていうのも薄々感づいてきたり。こうやって二人きりになるのも、ちょっと慣れてきた。



「あ、ちょっと待って」



 そのまま昇降口へ向かおうとするわたしを、和久津くんが止める。どうしたのかと振り返ると逆方向に行く和久津くん。そして、別のクラスの前まで足を動かした。


 和久津くんは教室中を見てため息をついて、入っていく。え、なにしてるんだろう……。ついて行こうとしたけど、ふと思い出して廊下で待つことにした。


 そういえばこの教室は、前にも入ってるのを見たことがある。



「まだいじめられてんの、おまえ」


「わっ! え……あ、わ、和久津くん!?」



 教室の前で待つと声が聞こえる。


 そうだ、掃除の彼女。一人で掃除をして、和久津くんに手伝ってもらった後……。


 あ……ダメだ、なんか、思い出したくない。



「ど、どうして……また、来てくれたんですか……?」



 彼女が苦しげに訴える。……もう、ほんと、その通りだ。和久津くんのバカ。そんなに優しくされちゃったら、離れられなくなるじゃん。



「……ま、なんていうか………ちょっとな」



 なんて煮え切らない返しをする和久津くんに、ちょっとムッとする。仮にもそれが勇気を出した人に対する態度なの?


 だけど彼女はなにも言い返さなかった。喋り方とか態度でなんとなく、彼女はあまり積極的な人ではないのはわかる。


 それもあるんだろうけど、それよりも和久津くんの声が、今にも消え去りそうで、か弱かったからなのが大きいのかもしれない。



「そうですか……。あ、で、でも! いじめとかではないんです、ほんとに!」



 明るく振る舞って、話題を変えようとする彼女。わたわたと手を動かす姿が目に浮かぶ。


 ああ……良い子なんだな。



「だから……その、無理して付き合ってくれなくてもいいんですよって……」


「そんなんじゃないから」



 和久津くんは遮るように強く言った。



「終わった。じゃあな」


「あ……」



 そんなやりとりの後、教室から出てきた和久津くんの——表情。


 わたしにはなにも言えなくて、眉を下げる。中の彼女の気持ちなんて全然考えてなくて、自分勝手な行動なのに。



「悪い、待たせた」



 わたしは首を横に振った。


 なんなんだ。なんで……和久津くんまで葵ちゃんと同じ顔で俯くんだ。くしゃくしゃで、今にも潰れちゃいそうな、儚げな瞳。そんな顔されちゃあ、文句なんて言えるわけがない。



「和久津くんは優しいんだね」



 相手の気持ちは考えてないけど。


 ……こんなこと、言えない。和久津くんには和久津くんの考えがあるんだと、思わされてしまう。



「……そんなわけないだろ。こんなの……ただの罪滅ぼしなのに」



 そう残して昇降口に向かう和久津くんの背中を、もう自分勝手には捉えられなくなっていた。


 どうしてわたしだけ。彼女だって、和久津くんの全てを知りたいはずなのに。

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