名取くん、気付いてないんですか?
※ ※ ※
「葵ちゃん、おはよっ!」
朝。昇降口で葵ちゃんの背中を見つけて、ぽんっと叩いてみる。
びっくりしたように目を開きながら振り返る葵ちゃんは、いつもより少し元気がない。こんなときこそ、わたしの出番だ! いつも貯めていた名取くんパワーで、葵ちゃんにも元気をおすそわけ!
「あ、おはようでござる。みお殿」
あ、あれー? なんか空回ってるな。名取くんと話すときより空回ってる。意外とっていうか、かなり動揺してるのか、わたし?
だ、だって和久津くんの話聞いちゃったし……。葵ちゃんの気持ちはまだ聞いてないけど、半分くらい知った感じだ。妙に意識してしまって、緊張するのも仕方ないと思う。
靴箱を開けて靴を履き替えると、となりから「あ」と葵ちゃんがつぶやいた。横を見ると、葵ちゃんは靴と一緒に何かを取り出す。
手紙だ。漫画でよく見る、白い手紙入れに入ったもの。葵ちゃんがくるくると反転させるけど、名前は書いていないようだった。
こ、これって……ラブレター!? 今時ラブレターなんて古風なことする人いるんだ! 名前がないっていうのも、漫画でよく見るよね! 緊張で書き忘れたとか、そんな感じかな。
……いや、待てよ。もしかしたら、和久津くんなのかも、しれない。
わたしは昨日のことを思い出す。
『俺は……。俺は、葵に……ちゃんと、伝えたい。伝えて、葵の気持ちも理解したい』
和久津くんの、決意した真剣な表情は、そりゃあもうかっこよかった。あ、名取くんには負けるけど。
そして、もしこの手紙が和久津くんからなのだとしたら、今日で二人は変われるはずだ。和久津くんの中の、葵ちゃんの中の、止まった時間が動くはず。
「……とりあえず読んでみるでござる」
わたしを見上げて、不安そうに手紙入れから手紙をわたしに傾けながら出す。
「え、わたしも見ていいの?」
「う、うん。なんか、怖いでこざるから」
あ、葵ちゃんはまず警戒するタイプなんだ。その点、ダメだなわたし。舞い上がっちゃった。見習わないと。
手紙が開かれる。横線だけのシンプルな便せんには、真ん中の列にただ一言だけ、こう書かれていた。
『放課後、理科室横の空き教室で待ってます』
字では男なのか女なのかわからないものだったけど、葵ちゃんはつぶやく。
「師匠じゃ、ない……」
和久津くんじゃなかった。ということは、誰なんだろう。葵ちゃんも心当たりがないらしく、眉を下げて手紙を見つめている。
「みお殿……これは行くべきでござろうか」
「え、うーん、行くべきじゃないかな。あ、心配なら、わたし外で待ってるけど」
「うん……それじゃあ、頼むでこざる」
「ん、わかった」
確かに、名前もなくて字も知らない人だったら、少し怖いかも。
もしものことがあったら、わたしが葵ちゃんを守らないと。