名取くん、気付いてないんですか?
ちりとりにごみをサッと掃き入れる。ちりとりを支えてくれていた相澤くんに目配せすると、彼はいつもの笑みで小さく頷いてくれた。
お、終わったー!
急いで机を綺麗に並べ直し、挨拶をしてからカバンを肩にかける。
「じゃあね相澤くーん!」
ぶんぶん手を振って飛び跳ねるように一歩で廊下に出ると、相澤くんは呆れたように手を振り返していた。
そしてなんと廊下の先には相澤くんを待つ名取くんと和久津くんがいたりして。
「あ、えっと、バイバイ!」
「うん、じゃあね朝霧さん」
「……おー」
だけど世間話をしている暇はない。少し惜しいけど、簡潔な挨拶で背を向けたのだった。
待ってて葵ちゃん! 後すごく心配ですリサちゃん!
「……あ」
前を通り過ぎようとした別のクラス。いつかの彼女がいて、今日もまた彼女はひとりで真剣に掃除へ向かっている。
どうしてまだ頑張るんだろう。ささっと終わらせて帰ろうとは考えないのかな。
ううん、彼女はきっと、そういう人なんだろう。仮に押しつけられていたって、誰にも見られてなくたって。誰のためでもなく頑張れる、素敵な人。
でも……わたしは和久津くんのように、手伝う勇気はない。
※ ※ ※
指定された場所には、リサちゃんがポツンと立ちすくしていた。
「……あ、みっちゃん」
「リサちゃん? あの……葵ちゃんは?」
「それが……」
リサちゃんはドアに手をかけて、小さく引く。少しずれた後、それが完全に開くことはなかった。
つまり……鍵がかかってるってことだ。
「追いつく前に、葵ちゃんこの中に入って……そのまま、鍵が閉められちゃったの……」
「じゃあ……葵ちゃんと誰かがいるってこと、だよね?」
「うん……その人は顔も何も見えなくて」
どうしよう。ドアのガラス部分は中からカーテンで遮られてるし。やっぱり、わたしが遅くなったばっかりに……。
何も言えなくて、しん、と静まり返ってしまう。
すると、微かに葵ちゃんの声が聞こえた。何を言っているかはわからないけど、何かを強く訴えているようだった。
——あ、助けなきゃ。
強く、そう思った。だけど、わたしはいつもそう。思うばっかりで、行動に移せない。でも、今は、今だけは。
「……葵ちゃん」
小さく、呼びかけるように。
「——葵ちゃん!」
次は強く。叫ぶように。
何かしら向こうからアクションがほしくて、必死に呼んだ。無意識にそっとドアに手を添えていると、
「うるさい! 邪魔しないで!」
葵ちゃんとは別の女子の声と共に、ビリビリと手のひらに振動が響く。どうやら、ドアを蹴ったようだ。
「女の子……」
リサちゃんが今にも涙をこぼしそうな瞳でつぶやく。
状況が少しでも見えてしまったことで、余計に不安が募ってしまった。でもどうすることもできなくて。
……って、そうだ。
「鍵、もらってくる!」
冷静にならなきゃ。ドアが閉まってるなら、鍵で開けてしまえばいい。そんな簡単なことなのに、すごく時間がかかってしまった。
早く、早くしないと。葵ちゃんがどうなるかわからない。
駆け出そうと足を踏ん張る。
だけど、そこで、またもやドアが強く振動した。そして、蹴ったのとは比べものにならないくらいに大きなものをぶつけた音。
そう……たとえば、人、だとか———
「離れてください!」
そんな声が聞こえたと思えば、廊下には箒を握りしめた女子が立っていた。