名取くん、気付いてないんですか?
「チクったりしたら、許さないから」
最後にひとつ、舌打ちをすると背を向けて遠くなっていく佐々木さん。
彼女は、葵ちゃんになにか不満があったからこうしたんだろうけど。でも、どうしてひとりなんだろう。複数人が良かったとかじゃなくて……そっちのほうが、遙かに重みが違うと思うんだ。
土屋さんは、彼女を優等生だって言った。だから窓を割られそうになったとき慌てて出てきたんだろうし。でも、これ以上何かをする感じはなかった。
それは大ごとにならないためだとして、だったら、ひとりより三人のほうが優等生にかかるリスクは少なくなるわけだ。
……ううん、考えすぎだよね。
「あ、あの……私、明日先生に言いますから」
そう言って、土屋さんが一歩近づいてくる。チクるなと言われた直後にそう言えてしまう精神には脱帽だった。
でも、それを葵ちゃんが遮る。
「あ、い、言うのはやめてほしいでござる」
「ど、どうして……!?」
「えっと、拙者は本当に何もないでごさるし、そこまでするほどでも……」
「あ、甘いですよ! こっちが言わなかったら、またしてくるに違いないです! 優しすぎますよ……」
土屋さんは負けじと反論して、泣きそうな顔で目を瞑った。だけど、葵ちゃんは断固として首を縦には振らない。
土屋さんの意見は正論だ。それでも譲れない何かがあるのか、葵ちゃんの粘り勝ち。「わかりました……」と肩を落としながら土屋さんは折れてしまう。
なら最後にと土屋さんは顔を上げて、
「あの、私、五組の土屋花菜って言います。また何かあったら、絶対に、呼んでください」
ぺこりとお辞儀をすると、土屋さんは箒を直しに教室へ戻っていったのだった。うーん、『絶対に』をすごく強調されちゃったな。
確かに今回は土屋さんがいたから助かったわけだし、またあったら……いや、こんなことは考えるべきじゃないんだろうけど……。
ちらり、葵ちゃんを見る。
「大丈夫でござるよ」
なんだかそう言った横顔が、大人びて見えてしまって。本当に大丈夫なんじゃないかって、一瞬、錯覚する。
……でもね。
「ぜんっぜん大丈夫じゃなかったから!」
葵ちゃんの言葉に全力で首を横に振るリサちゃんに心の中で同意しつつ、がっしりと葵ちゃんの肩に手を乗せた。
だってわたし、あんなに怖かったのに。そんなの、信じられないから!
※ ※ ※
『……あ、朝霧さん? 電話に出なかったから、留守電するね。
聞けるときに、聞いてほしい。あー、いや、これを聞いてるってことはもう聞けるときだよね、ごめん。
……じゃ、なくて。デー……えっと、二人で出かけることについてなんだけど。もうすぐ六月だから、雨の日が多いんだよね。
だから室内で遊べるところを探したんだけど……漫画喫茶とか、どうかな? 俺たちらしいかなーって思ったんだけど。もし嫌だったら、遠慮なく言ってください。
———あと、何かあったなら、相談してほしい。俺はいつでも聞くよ』