名取くん、気付いてないんですか?
「今度はなんの用だよ、忍者」
負けじと和久津くんは小柄な葵ちゃんを見下す。
「くらえでこざる、手裏剣ー!」
巾着袋から何かを取り出した葵ちゃんが、それを和久津くんに投げた。
ビュン、と空気を切り裂く音。これはやばいんじゃないかと名取くんから目を離して凝視する。
は、速いー! これはサクッといくんじゃないか、サクッと! あ、なんかわたしがサクッといってほしいみたいに聞こえるけど、違うから!
くるくる回転して和久津へ向かう手裏剣は……折り紙だった。
サクッとは行ったけど、制服に遮られ核には届かず、ぽてっと床に落ちてしまう。
「ああ~」
リサちゃんが残念そうに呟いた。ほらね! リサちゃんもサクッといっとほしかったんだ! わたしだけじゃない!
和久津くんは落ちた手裏剣を拾い上げ、それをそのまま、
手のひらで、握りつぶした。
えっ、すご。折り紙の手裏剣って、結構硬くて頑丈じゃないっけ。
「ぎゃーー!!」
とかのんきにしてたら葵ちゃんが悲鳴を上げて、壊れる。
「うぎゃーー!!」
遠距離戦は諦めたのか、和久津くんに突進すると、残りの巾着内の折り紙手裏剣をぽかぽかと和久津くんの胸に叩きつけていく。
和久津くんは、真顔だ。えー、だから、冷たいってばー。相手してるってことは、一応葵ちゃんには好感あるのかなって思ってたのにー! わたしと態度なんら変わらないじゃん!
「うざい」
和久津くんは葵ちゃんの頭を軽く叩く。
叩かれた葵ちゃんは足元に落ちていく手裏剣を見つめて、たくさんある中から青とオレンジの折り紙を使った手裏剣をひとつ拾う。それをぎゅっと握りしめ、今度は左手の小さな握り拳で和久津くんの胸を押した。
「ばかー! やっぱりおまえは、師匠なんかじゃなかった!」
……師匠?
いつものござる口調も忘れて葵ちゃんは叫んだ後、教室を走って出て行く。
「あー、はは。弱いものいじめみたい、裕也」
相澤くんがそう言い、和久津くんを指差して笑う。教室の空気はまたかーという雰囲気で、また元の会話に戻っていってしまった。
あの、葵ちゃん……。もうすぐ、チャイムなるんだけどなー?
……ちゃんと、戻ってくるよね?
もう見慣れた光景に、わたしの心配も薄れていく。
葵ちゃんと和久津くんはなぜか初めから仲が悪かった。一方的に葵ちゃんが突っかかってるように見えるけど、理由はわからない。
和久津くんだってノリノリで相手してるし、これが一ヶ月も続いていれば慣れちゃうものだと思う。
「八雲ー、遅刻な」
「きゅうっ!」
そうして葵ちゃんが戻ってきたのは、一時限が始まった後。
なんと隠れ身の術は先生には通用せず、制裁を受けてしまう。
葵ちゃんは喉から悲しそうな音を出した。そう、音。なんか今のは声というよりは音っぽかった。
そして、実はわたしのとなりの席である相澤くんが肩を震わせていた。
「葵ちゃん、これ」
観念して堂々と背筋を伸ばして歩く葵ちゃんがわたしの席の近くを通ったので、授業が始まる前に拾い集めて巾着袋に入った手裏剣を渡す。
確か、ひとつだけ持って行ってたような……。あれは他のものとは何か違うのかな?
「あ、ありがとうでこざる」
葵ちゃんがはにかみながら受け取って席に戻る。口調はござる口調に戻っていた。
えへへー、実はこれ、名取くんも手伝ってくれたんだー。うっかり手が触れて意識してくれないかなーなんて考えたりしたけど……あ、はい、無理でした。わたしから触れてみようかとも考えたけど、それも無理でした。緊張しました。