名取くん、気付いてないんですか?
昨夜、名取くんからの留守電を聞いて、わたしはなんだか落ち込んでしまっている。
なんか名取くんって無駄に察しが良いんだよなぁ。今回はあんまり広めたくないっていうのもあって言うに言いづらい。きっと葵ちゃんに言ってもいいか聞いたらダメだって言うだろうし。
名取くんに言ったら、それこそ和久津くんにまで伝わるかもしれない。葵ちゃんが一番心配をかけたくないのは和久津くんだっていうのに、それはダメだ。
前半のデートの約束で舞い上がってたらこれだもんなぁ。スーッとわたしの顔から笑顔が消えていったもんだよ。
なるべく穏便に済ませたいっていう葵ちゃんの願いは尊重したい。よし、言うのはやめておこう。何か聞かれても、全力でしらを切ろう!
ぐっと拳を握って昇降口へ入ったところで、なにやら違和感があった。
「本当に今日は何もされていませんでしたか!?」
「だ、だから、さっきからそう言ってるでござる……」
「言葉だけじゃなくて、ちゃんと目で見て確かめないと気が済まないんです!」
「え、えぇ……? じゃあ、どうぞ……でござる……」
「ん~? うん、大丈夫ですね! ……まさか、隠してたりとかはしてませんよね?」
「疑いすぎでござる……信用ゼロでござるよ……」
……葵ちゃんが靴箱の前で土屋さんに詰め寄られていた。
土屋さんは何度も葵ちゃんの靴箱の中を確認しては質問している。これには葵ちゃんもげっそりとしていた。今にも倒れそう。えっとー、土屋さん、心配なのはわかるけど、やりすぎなんじゃ……。
どんどん彼女への印象が変わっていく中、ついに目がこちらに向いてきた。葵ちゃんとは同じクラスだし靴箱は近いから視界に入るのは仕方ないんだけど……怖いよ!? 獲物をロックオンしたみたいな目になってるんだって土屋さん!
標的は葵ちゃんからわたしに変わり、わたしの靴箱の中身を見ようと寄ってきた。な、何もないから! ほら! ほらぁ!?
パカパカと開閉してみせる。上靴と運動靴だけの中をみて、土屋さんはだんだんと……我を戻してくれたようだった。徐々に青くなっていく顔を見て、葵ちゃんとわたしはほっと胸をなでおろす。
「……すみません。どうやら私が警戒しすぎていたようです。頭がおかしくなってました」
……う、うん、すごくびっくりしました。
本当に心配してくれてるのはわかるんだけど、少しは信じてほしいよね。
教室に入った途端、ものすごい視線を感じた。人数が多いわけではなくて、なんというか、目力のすごい視線が。
なんとなく目星はついていたから、机に鞄を置いてその人の元へ歩いた。
「……お、おはよう、名取くん。……後、和久津くんも」
視線の主は、名取くんと一緒にいた、和久津くんだ。
わたしが教室に入るなり目で追いかけてきて、あからさまに何か言いたげな表情でこちらを伺ってきていた。
何かあるなら、普通に来てほしいなぁ? まぁ、そのおかげで名取くんの席まで来られたわけなんだけどさ。
「おはよう、朝霧さん」
名取くんが笑ってくれる。だけど、昨日の留守電でちょっと顔を合わせづらいというか。何か感づかれても困るし、一段落したってはっきり言えるまでは、素直に喜べない。
なんかもやもやする……名取くんにこんな気持ち、初めてだ。
「……よぉ」
そして、すっかり挨拶くらいは返してくれるようになった和久津くん。もうさ、何かあるのはわかったから、後で聞くからさ、そんなにそわそわしないでほしい。
ちらちらと葵ちゃんを見てる気もするけど、そういうこと、だよね? たぶんどうするか、和久津くんなりに決めたんだ。
よし、後もう踏ん張り、だよね! 名取くんとのデート、楽しめるようにしなくちゃ!
それにしても……。
わたしの隣の席を見る。
リサちゃんがまだ来ていないのはわからなくもないんだけど、相澤くんも来てないんだよね。
「あー、気になるよね、聡のこと」
名取くんはエスパーなのだろうか。やっぱりよく人を観察してるというか、侮れないよなぁ。
「うん、なんか、心配だね」
「いつも早いからね」
少し会話もぎこちない気がする。接し方が難しい。こんなこと、緊張してるならまだしも……そういうわけでもないし。
おかしいな。わたしは……名取くんを恐れているのだろうか。