名取くん、気付いてないんですか?


 放課後は葵ちゃんといっしょに、リサちゃん家へお見舞いに行こうとしていた。


 昇降口に行くと、朝の土屋さんを思い出すなぁ。もうあんなことはないだろうけど、土屋さんも心配してくれてたんだよね。今度お礼言っておきたいな。


 なんて、考えていると。



「あ、土屋殿」


「え? ……本当だ」



 葵ちゃんがそうこぼし、目線の先には土屋さん。壁に寄りかかって、スマホを見ている。これが噂をすればってやつか。へー、すごい、なんかすごい。偶然ってあるもんだね。


 早速お礼を言いに行こうと近付くことにした。



「土屋さ……」


「あ、土屋さんじゃーん!」



 声をかけ……終わる前にそれは遮られて、出直そうとすると葵ちゃんに引き留められてしまう。そしてふるふると首を振り、もう一度よく見るように促してきた。


 よくわからないまま、土屋さんに視線を戻すと……土屋さんの周りには、例の相澤くんに群がる女子集団が。もちろん、その中には葵ちゃんと閉じこもった佐々木さんもいる。


 佐々木さんのこと、怖くてギャルっぽいと思ってたけど、どうやら佐々木さんは一番下の立場みたいだ。


 リーダー格っぽい人は金髪で、存在感が圧倒的だった。もう一人は金髪ではないけど、限りなく金に近い茶髪。そして、佐々木さんは黒髪。三人の中ではやっぱり浮いている。



「佐々木から聞いてるよー、掃除、頑張ってねー?」


「ははっ、うけるー」



 金髪の人は煽るように、不快そうな表情の土屋さんをのぞき込んで話しかけている。茶髪の人は髪を弄りながら適当に同調して、佐々木さんは黙ったまま。というか、佐々木さんは様子がおかしい。


 特に決定的ないじめとは言えないけど、今のうちに助けてた方がいいよね……?



「つっ、土屋さん!」



 うっ、一斉に集まる視線! 特に金髪の人、メイクがきつくて目力がすごい! でもそんなので怯えるなんて駄目!



「つ、土屋さん、あのね、」


「あれ、もしかしてこの小さい子、八雲さんじゃね?」



 えっ!? な、なんで金髪の人、葵ちゃんのこと知ってるの!? 佐々木さんならまだしも……。


 金髪の人は葵ちゃんを長い爪で指しながら、佐々木さんに確認を取った。佐々木さんは一度ためらってから、重そうに首を動かして頷く。


 瞬間、金髪の人の目が変わった。



「うーわごっめんねー! 佐々木が勝手なことしたみたいでさー! 佐々木には叱っといたからー!」


「はは、マジうけんだけど」



 土屋さんから葵ちゃんに興味が移ったみたいに、すばやく葵ちゃんの手を取り笑顔で話し出す。なんだか言い方が鼻につく人だなぁ。


 突然のことに葵ちゃんは握られた手……もとい食い込みそうなくらい長い爪に驚いて、おろおろとわたしに助けを求めてくる。



「あ、えっと、ごめんなさい、離してもらっても……」



 なんでこんな弱そうな言い方なのわたし! ヘタレすぎるよー! こんなんじゃ誰も守れないに決まってるー! 自分より強そうな相手に怖じ気づいちゃうなんて、ありえない。



「ん、あーごめごめーん!」



 割とあっさり解放してくれて、ほっとした。なんだろうこの、レベル一の状態で初めのボスに挑むような感じ。逃げるのコマンドだけは、絶対に押さないようにしないと!



「いやー、八雲さんさ、和久津くんと仲良いらしいじゃん? そのこと話してたらさー、佐々木が何を勘違いしたか、ひとりで突っ走っちゃって! ほんと! ごめんねー?」


「はは、佐々木うけるねー」


「……っ」



 ケラケラと笑い声が昇降口でこだまする。


 これは……一応謝ってくれてるし、良い人なの……かな? でもまだ言い方がなんか嫌だし……。そもそも、佐々木さん本人が謝らないのも気になる。様子はおかしいけど、さっき金髪の人が佐々木さんを叱ったって言ってたし、そのせいだろう。


 土屋さんも眉間にしわを作って佐々木さんを見ていた。



「じゃーほんとごめんねー、バイバァーイ」


「はは、言い方うけるー」



 そして飽きたのか速攻で帰って行く二人。それについて行く佐々木さん。


 端から見れば二人が佐々木さんをいじめているようにも見えるけど、きっと佐々木さんは自分の意志でついて行ってる。いくら悲しそうな顔をしていたって、庇うのは違う気がする。



「……ごめんなさい、私、何も口出しできなくて」



 静かになると、土屋さんが近づいてきた。気まずそうに目線を下げている。



「わたしも大したこと言えなかったし、気にしてないよ! ね、葵ちゃん」


「ご、ござる! 土屋殿には前に助けてもらったでござるし、感謝してるでござる!」


「あ、それ、わたしも言おうと思ってて。ありがとう、土屋さん」



 二人してお礼を言う。土屋さんはポカンと口を開けて、なにもリアクションを返してくれないからだんだん恥ずかしくなってきた。



「良い……人ですね、二人とも……」



 それから、声を震わせながら、土屋さんは薄く涙を滲ませたのだった。


 良い人なのは、土屋さんの方なのに。



「えっと、用事がないなら、途中まで一緒に帰らない?」


「……え、いいんですか? 掃除は早く済ませたので、電車の時間を見ながら時間をつぶしていたところだったんです。あっ、つ、つまり喜んでということです! すみません回りくどくて!」


「ううん! じゃあ、帰ろっか。葵ちゃんもいいよね?」


「もちろんでござる!」


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