名取くん、気付いてないんですか?
場所は変わってリサちゃんの家。リサちゃんの部屋。傍らに松葉杖を置き、ベッドに腰掛ける骨折して右足にギブスをしたリサちゃん。
「へ~、土屋さんと仲良くなったんだね~、いいな~、もったいないことしたな~」
「怖いから安静にしててよ……」
わたしはため息まじりに笑う。リサちゃんはいつも通りにこにこしてて、今日初めて会うから安心したけど。さすがに骨折まで来たら、ドジとは言えなくなってくる。
小さいときから家が近くて、仲良しだったリサちゃん。ドジっ子体質なのはもちろん家族にも周知の事実だ。だからリサちゃんの部屋は一階。階段、廊下には必ず手すりが取り付けられている。
わたしは何回も来てるから普通だけど、家の方向が違う葵ちゃんは初めて来たリサちゃんの家にそわそわと落ち着かないようだった。
「あ、あの、トイレ、借りても、いいでござるか……?」
「うん、いいよ~。トイレは階段のとなりだよ」
「ありがとうでござる……っ!」
我慢していたのか、緊張なのか……いや、ここは女の子だし、掘り出さないようにしよう。葵ちゃんは忍者走りで駆けていった。
わたしとリサちゃん、二人きりになった部屋。リサちゃんの部屋は比較的片付いていて、でも女の子らしい部屋で。勉強机の上に折り紙の手裏剣が飾ってあるのが見えて嬉しくなった。
「ごめんね、みっちゃん」
ぽつりとつぶやくリサちゃん。ぱっと目線を切り替える。寂しそうな声色だったのに対して表情はやっぱり笑顔だ。
「私、またみっちゃんに迷惑かけちゃったかな。みっちゃんだけじゃなくて、葵ちゃんや相澤くんにも」
だんだん落ちていく声。それでもリサちゃんは笑顔。
同じ笑顔じゃない。だけど、これだけは変わらないで続けてきた。他人へだけじゃない、自分へも、少しでも心配を和らげるように。いつもほんわかな雰囲気を作ってくれるのは、彼女なりの信念があってこそだった。
「大丈夫だよ、リサちゃん。みんな、好きで心配してるから」
リサちゃんの笑顔を、守りたい。
その気持ちは、昔から変わらないよ。
※ ※ ※
『えっと、今週の日曜日で……いい、かな?』
「う、うん……っ!」
全然よくなかった。だって日曜日って、明後日じゃないですか。
服とか何にするか決めてないし、なにより心の準備が——んーこれは、たぶんいつになってもできないな。とにかく今から服決めよう!
——帰宅後、名取くんから電話が来た。
なんていうか我ながら、あのときのスマホを取るスピードは尋常じゃなかったと思う。また葵ちゃんのことを見透かされるんじゃないかっていう戸惑いより、早く好きな人の声を聞きたいって方が勝ってしまったのだ。
葵ちゃんの気持ち、まだ本人からちゃんと聞けてないけど。一旦休憩して、息抜きするっていうのも悪くないよね。
……きっと、和久津くんも葵ちゃんを誘って出かける準備をしてるに違いない。まだ行くって決まってるわけではなさそうだったけど、和久津くんから歩み寄れば、葵ちゃんだって応えてくれるはず。
あー、あとは、リサちゃんの足、早く治らないかなぁ。ちゃっかり相澤くんと連絡先を交換したみたいだけど……まさか、あっちもどうにかなったりは……し、しないか。相手はリサちゃんだしね……? ……しない、よね?
って、だから、息抜き息抜き! やりたいことはたくさんあるけど、今は名取くんが最優先に決まってるんだから!
服! 服、考える時間を作らないと!!
やっぱり行くのは漫画喫茶だし、そんなに気合い入れないでも大丈夫かな? で、でも、向こうがどう思っててもわたしにとっては好きな人との初デートなんだし、少しは可愛いって思われたいし!
スカート、とりあえずスカートは決定! うああ、名取くんってどんなのが好きなんだろう……。はっ、待って、愛鉢の八重ちゃんみたいにしたら喜んでくれるかも! えっと、愛鉢、愛鉢……。
本棚から『愛と植木鉢』の二巻を取って、八重ちゃんが初デートするページをめくる。あ、そういえば、八重ちゃんの初デート相手はツンデレの瞬くんだったっけ。最新刊の四巻では爽やか好青年の春人くんが優勢っぽいんだけどなー。
あー、ほんと愛鉢ってどっちとくっつくかわからなくて面白い。まだ誰が花の種を送ったのかっていう謎も残ってるし、終わってほしくないなー。
名取くんは瞬くん推しなんだよね、うーん、彼はたまにでる強引さがいいよね。普段は寡黙なのに。いやでも、春人くんだって……。
……あれ? わたし、何しようとしてたんだっけ。
「あっ! だっ、だから、ふ、服!」
結局、土曜日も同じことしました。