名取くん、気付いてないんですか?
パラパラと紙をめくる音、触れ合う肩。彼と私の距離は後数センチ。ふと目が合ったその瞬間、徐々にその距離は近づき、やがて——
「これ! この、枯れた花を見て落ち込む八重を不器用に慰めるシーン! ここ、好きなんだよね~」
————なんて現実はなく。
同級生の女子と二人きりで、さらに距離さえこんなに近いのに、名取くんはいつも通り。むしろ、いつもより興奮気味で楽しそう。もちろん、私といるからじゃなく、愛鉢で好きなシーンがやってきたから。
一体どこまで名取くんは名取くんなんだろう。そういうところも、まぁ、好きなんだけどさ。
『きゃあああああああ!!』
「「うわぁっ!」」
しかも、なぜか同時にホラー映画まで見ようというムードのなさ。どうしてわざわざ同時なんだろう! 紙の中では甘いシーン、画面の中では怖いシーン……って、ミスマッチすぎるよね!?
映画のシーンで同時に驚いて声をあげてしまった私たちは、どちらからともなく小さく吹き出した。……これが、全く悪いわけじゃないから怒れない。
「ふぅ……三巻は全体的に瞬のメイン回だったねー! 四巻は朝霧さんの好きな春人の回だから、楽しみだね。さ、読もう」
「う、うん……」
映画もちょうど終わって、名取くんはディスクを取り出した。こちらも「面白かったねー、あ、朝霧さん本当にホラー大丈夫だった?」「う、うん……」というムードもへったくれもない会話である。
名取くん、本当に同時進行できてたんだ……。私はどっちともあんまり集中できなかったのに……。
どうしてこうも、意識してくれないのかなぁ。私のアプローチの仕方が悪いのかなぁ。それとも……
女子には、興味がない……?
う、うわぁ、それって一番やっかいなやつだぁ。やだなぁやだなぁ。もーう、面倒くさい女になっちゃう自分もやだなぁ。
「あ、朝霧、さん……?」
はっ。
少し動揺したような名取くんの声。顔を見ると、その視線は下を向いていた。先をたどると……
――――名取くんの手の上にちょこんと乗せられた、私の手――――
「あ……っ」
言葉が出ない。これはもう、言い訳しようがない。
無意識って怖い。少しでも意識してもらおうなんて浅はかな考えで、こんな大胆なことをしてしまうなんて。
「えーっと……」
ほら、名取くんも困ってる!
どうすることもできなくて、私は下を向いてしまった。
これって、逃げだ。ここで気持ちを伝えられたら、どんなに良いことか。それができない、私の弱さが嫌いだ。
「……やっぱり、何かあったんだよね?」
そう呟いて名取くんは、指先が触れ合うように握り直してくる。私の肩が小さく跳ねた。
この人は、ちゃんと考えて動いているのだろうか。ううん、絶対、何も考えてないに違いない。こうやって、すぐ私のことはドキドキさせるくせに、自分は平気な顔で心配だけしてきて。
ずるい。名取くんは、ずるいんだよ。
「うーん……あの、朝霧さん。俺は、何回も言ったよ。その……頼って、ほしいって」
頼れるわけがない。当の本人なんだから。
「朝霧さんは、少しひとりで背負いすぎるっていうか……」
自分の問題を、自分で背負って何がいけないんだろう。
……どうしてか、今は名取くんの言葉に反発するようなことしか浮かばない。
「……俺には、言えない?」
言いたくない。
「わかった。……じゃあ、あの、嫌だったら、言ってね」
……? 何を――
そのとき、体が引き寄せられた。
優しく触れるその腕は、私の背中に回って。最後に、控えめな抱きしめ。横を見ると、名取くんの頭があった。
私は、名取くんに、抱き寄せられ――ここで、私の思考は停止した。
「じゃあせめて、今日だけはそんな顔しないで。楽しもうよ。せっかくの……その、えと、で、デート、なんだから……」
――――夢みたいだ。
ううん、夢なのかも。頬をつねる両手すら名取くんにふさがれてるし、脳内の私が『覚めるな!』って怒ってるのかも。
だって、私は、こんなにわかりやすく赤くなる名取くんを見たことがない。見えるのは耳だけだけど。
期待しちゃうけど、きっと、この行動の意味なんて慰めでしかなくて。好きだ、ああ好きだって、私ばっかり。
でも、もういいんだ。たとえこれが夢でも、はたまた夢じゃなくても。
いや、でもやっぱり、確かに感じるこの温もりを、私は現実だと信じたい。
……そっか、これはデートなんだ。デートでよかったんだ。
気まずい雰囲気で、帰りを歩く。
だけど、二人とも、最後まで笑顔だった。