名取くん、気付いてないんですか?
ライバルができるんですか?
季節はすっかり梅雨である。週明けに入れば六月が開始していて、外の景色は昨夜の雨でじめじめと気分が晴れない。
そのせいでリサちゃんがかむすっとした表情で席へ座りながら、頭を抱えて机に突っ伏した。
「もう雨はやだよぉ~~~!!」
そう訴えて、自分の頭を抱える……ではなく、髪を隠すリサちゃん。こうやって、泣き言を言うことすら珍しい彼女だけど、彼女の天敵、梅雨の時期だけは違った。
……くせっ毛のリサちゃんは、髪の毛が普段よりも広がりやすいのだ。
毎年梅雨には天使の笑顔を封印して、一日中不機嫌そうなこともザラにあった。その度、私はくしと髪ゴムを用意して、リサちゃんの髪をまとめてあげるのである。
というか、それより私が気になっているのは、リサちゃんの骨折のことだ。
さすがに治るまでは一緒に登校しようと言ったんだけど、断られてしまった。意外と頑固者なのはもう許すとして、引き下がらないで朝、リサちゃんの家の前で待っていたら……。
「さて、そろそろ説明してもらおうかな? 相澤くん……?」
リサちゃんが出てくる前より先に、相澤くんが家の前にやってきたのだ!
そしてそのまま、相澤くんはリサちゃんをエスコートしていく! 私はリサちゃんの荷物持ちをさせられる! 予定なら、私は相澤くんのポジションにいたはずなのに!
今朝の出来事を、私は絶対に許さない……!
机に伏せるリサちゃんを起きあがらせて、ゆるふわ風三つ編みにしようと髪にくしを通した。そして、相澤くんを睨みつけることも忘れない。
名取くんの席で二人仲良く談笑していた相澤くん。私の声に動揺することなく振り向いて、いつもの笑みを振りまいた。
「だって理沙子ちゃんが、朝霧さんには迷惑かけたくないって言うから」
りっ、理沙子ちゃん~~~っっ!?
ちょ、ちょちょちょちょ、なんだこの男、手が早いぞ!? そんな軽々とリサちゃんの名前を呼ぶなんて、こいつ軽い男だ! チャラ男だった! 爽やかな見た目で騙してるんだ! 見た目詐欺だ! この見た目詐欺野郎!
なんで!? なんで急に仲良くなってるのこの二人!? この間まで、『岸さん』呼びだったよね!?
リサちゃんも嫌がる様子もないし……本人の同意の上なの!? うっ……嫌だぁ、私のウルトラスーパーデラックスラブリーエンジェルリサちゃんを相澤くんみたいな見た目詐欺イケメンにあげるなんて嫌だぁ!
「結局は顔か……世の中顔なのか!!」
「極端だね」
相澤くんがはははと笑う。えっ……今馬鹿にした……? ははは、というよりはHAHAHA、みたいな意味合いを感じたんだけど……? いらっと来たんだけど……?
えっ、どんどん相澤くんの好感度落ちてるよ? 今までは何考えてるかわからないけど悪い人ではない男だったのが、何考えてるかわからない上にリサちゃんを狙ういらっと来る男になってるよ?
「うわぁ、ありがとうみっちゃん~」
出来上がった三つ編みを鏡で確認するリサちゃん。ポフポフと柔らかそうな髪に数回触れて、エンジェルスマイルを見せた。
「リサちゃん……」
「ん~?」
「どうして今朝、相澤くんを家に呼んだの!?」
詰め寄ると、リサちゃんは「あ~」と相澤くんと私を交互に見て、申し訳なさそうに眉を下げた。そして胸の前で両手を合わせる。
「えっとね、相澤くんの方が、使い勝手いいかなぁ~って」
……ここで初めて、私は少し黒いリサちゃんが見え隠れするところを目撃した。
後から「みっちゃんに迷惑かけたくなかったのも、本当だよ?」と言ってくる辺り、天使なことには変わりないのだけど。
でもそれって、逆に言えば相澤くんにはいくら迷惑かけても問題ないってことを表してるわけで。
つまり相澤くんは、使い勝手のいい召使いのようにしか見られてなかったってことかぁ~(にまにま)。
「……朝霧さん、顔がうるさいよ」
「え? やだごめんなさい、使い勝手のいい相澤くん」
おお、イラついてるイラついてる。あのいつも王子様スマイルだった相澤くんの眉間にしわが!
幸いなことに今日は席替えだし、相澤くんとは席が離れるので物理的攻撃は安心だなぁ。
「おはようでごさる!」
「はよ」
葵ちゃんと和久津くんが一緒に教室に入ってきた。それによって私と相澤くんの睨み合いは終了し、一緒に学校へ来るまでの仲になった二人にほっこりする。
……正直、見られていたのには気付いていたけど。
名取くんとは、まだ恥ずかしくて目も合わせられる気がしなかった。