名取くん、気付いてないんですか?



「あれ!? 待って!? 告白してふられたのにまだアタックしてるってことだよね!? 図太い! 相澤くんって図太いな!?」


「うおぅ!? び、びっくりしたでござる……」



 しばらく沈黙があったのちにこれである。葵ちゃんが驚くのも無理はない。


 何を考えるわけでもなく、ぼーっとしてただけの数分間だった。でも、突然降ってきたのだ。相澤くんが、図太い男だって認識が!



「え、ええ……理沙子殿に言われた言葉に、悩んでたんじゃなかったでござる……?」


「え? あれは……あの、わたしが、相澤くんよりイケメンって意味じゃないの?」


「それ絶対違うでござるよ……拙者が気を遣った数分間、なんだったでござるか……」



 困り声で苦笑を浮かべる葵ちゃん。えっ、嘘でしょ? あの言葉って『みっちゃんイケメン力高いよね』って意味じゃなかったの? えっ、じゃあなんなの?


 いや、そんなことよりもだ。リサちゃんが相澤くんに迷惑するのも当たり前だってことだよ! 往生際の悪い男だ相澤くんは! 断られたんだから、すっぱり諦めてほしいものだ!



「ま、まぁ……理沙子殿も、はっきり嫌な顔しないでござるし……ちょっと、期待しちゃってるのかもしれないでござるな……」


「うーん、そうなんだよね……リサちゃん優しいから、断ってはいるけど、ちょっと期待持たせちゃうんだよね」



 わたしがいるから、まだ大丈夫だけど。そりゃ今までみたいに友達やるってわけにはいかないけど、ギスギスするのも嫌なんだろうなぁ。


 相澤くんも、イケメンだからってなんでも許されるわけじゃないんだから!



※ ※ ※



 葵ちゃんとの別れ際、また明日と手を振って背を向けると、制服の裾を捕まれた。


 別れが惜しいのかな? と振り返ると、真剣な顔をした葵ちゃん。あ、これは……と察して、向かい合った。



「うんと、拙者、日曜日に和久津と遊んだのは……もう知ってるんでござるよね?」


「うん」


「それで、実は拙者、和久津と幼なじみってことも……知ってるでごさるね?」


「うん。和久津くんから聞いたよ」


「……うん。別にそれは、いいんでござるけど……」



 和久津くんが話したのだろうか。これは、わたしから聞いたって話すべきだったかもしれない。失態だった。


 一応、全部葵ちゃんのためにやってたことだし。



「あの、拙者、忍者でいたこと……後悔したことなかったんでござる! でも、師匠は後悔、してたみたいで……」



 葵ちゃんが鞄から、青とオレンジの手裏剣を取り出した。何年経っても変わらない、鮮やかな折り紙の色。


 今ならわかる。葵ちゃんが、どれだけこの手裏剣を大事にしてきたのか。


 それをぎゅっと胸に抱きしめると、葵ちゃんはわたしをまっすぐ見て――――とろけるような、笑みを見せたのだ。



「でも、師匠、忘れたくても、忘れられなかったって。本当は、恥ずかしいけどまだ忍者が好きだって、言ってくれたんでござる……っ!」



 きらきら瞳が輝いている。


 嬉しいって気持ちが、わたしにまで届いてくるくらいに。



「嬉しかったでござる。拙者のやってきたこと、無駄じゃなかったんでござる!」



 バッと、風の音が聞こえるくらいの速さで、葵ちゃんは頭を下げてきた。



「ありがとうでござる……! これも全部、みお殿のおかげだって、師匠が言ってたでござる!」



 またバッと音をたてて、姿勢を戻す。



「へへっ」



 なんて可愛い、無邪気な笑顔だろう。


 ……ああ、やっと。


 やっとだ。わたしはこのために和久津くんへ色々言っていたのだ。



 ――――やっと葵ちゃんからの言葉が聞けた。


 わたしも嬉しい気持ちを抑えきれなくて、笑いこぼした。


 言葉もなく、ただ二人笑い合ってるだけ。変だけど、でも、勝手に笑みがこぼれてくるんだから、仕方ないだろう。


< 54 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop