名取くん、気付いてないんですか?
放課後。わたしはリサちゃんに呼び止められていた。
掃除も終わり、二人きりの教室でリサちゃんはいつものように笑う。
「では、特別ゲストのご登場で~す!」
「……んん!?」
なんのこっちゃ!?
突然両手を広げて扉の方に行くリサちゃん。どうしていいかわからず、テンションにもついていけず、よくわからないまま時の流れを待った。
ご登場って、誰かでてくるの?
「……どうもー」
相澤くんだった。
「放課後誘われて舞い上がっていた俺が登場するよー」
相澤くんの目は死んでいた。
……ええ? あのちょっとかっこいいと思っちゃった相澤くんはどこ行ったの。
めっちゃ疲れた目してるじゃん。あの自信たっぷりな余裕顔がないぞ。猫背になってるぞ。いつもシャキッとしてて、ほとんどの女の子が振り向く相澤くんじゃないぞ。
リサちゃんは変わらずにこにこしていた。
……ええー? やっぱりリサちゃん腹黒説あるよね? 自分が好きな人に、呼び出されたらわたしもいた気持ちが分かって。
めっちゃ嬉しそうな目してるじゃん。あの天使の微笑みだぞ。でも、絶対良い意味でとれるようなものじゃないぞ。でも、可愛いから許しちゃいそうなわたしと相澤くんがここにいるぞ。
状況に流されつつあったわたしたちに、リサちゃんは息を吸った。
「……大事な話だよ」
リサちゃんが言った途端、相澤くんが悟ったように目の光をなくす。
……ちょっとときめいちゃったのかな。
……いやそうじゃないな。話の内容に期待しないようにするための目だなこれ。
可哀想……。初めて相澤くんに同情したかも……。
「……えっと~」
わたしたちが無反応だったからからか、リサちゃんが困ったように首を傾ける。
「……いいよ、何?」
「あ、うん、何かな、リサちゃん」
慌てて二人で答えた。リサちゃんは天然は天然でも、天然小悪魔かもしれないということを頭の角に寄せて。
さて……話の内容はだいたい予想がついている。
「今日は私、相澤くんへお返事しようと思って。……みっちゃんにも、聞いてほしいの」
リサちゃんは――どっちを選ぶんだろう。
「私は――みっちゃんが一番好きです。愛や恋やを入れても、やっぱりみっちゃんが一番だと思う」
まっすぐとした表情で、リサちゃんは相澤くんを見つめた。今から伝えることが、相澤くんにとって、大事なことだと。たとえ良い結果じゃなくても、聞いてほしいって、言っているようだった。
その瞬間、相澤くんが笑う。ふっ、と小さく吹き出すように。
でも、泣きそうにも見えた。
「でも私、相澤くんのことも、好きになってました。愛や恋を入れても、結構、好きだと思います」
リサちゃんも相澤くんと同じように笑って――
ポロッと、涙をこぼした。
「………ごめんなさい」
リサちゃんは、相澤くんのことが好きだと思う。ううん、絶対好きだ。
でも……リサちゃんはわたしを選んだのだった。
彼女は一度きりの初恋より、永遠の友情を一番に考えたんだ。
「うん……」
相澤くんは何も反抗しなかった。なぜって、質問もしなかった。彼もわたしと同じように、リサちゃんの気持ちを否定したくないんだと思う。
なんだか湿っぽい空気で、わたしは口を挟むことができなかった。
「なので……」
……と。
まだ、リサちゃんの話には続きがあったみたい。
「お友達から、お願いします」
ほんのひとかけらの、優しさだった。
「下手に優しくされても嬉しくないね。面と向かわれるとやっぱり辛いよ」
「えっと~、じゃあ、みっちゃんが殿堂入りしたら私から告白するとか……?」
えっ、何それ!?
急に変なギャグぶっ込んでくるのやめない!? 殿堂入りって意味分からないよ!?
「いつになるのかわからないから、やめとくよ」
「ずっと待っててくれるんじゃなかったんだ~?」
そしてまた急に二人のイチャイチャが始まった。
ていうかリサちゃん……それ、告白してるのと変わらないよね……?
あの後リサちゃんはすっきりした顔で、のんきに車で乗って帰ってしまった。
校門の前で残されたわたしと相澤くんはリサちゃんのマイペースさに苦笑して……心が軽くなって行くのを、感じた。