名取くん、気付いてないんですか?
岸理沙子
いつもみっちゃんは、私の手を引いて笑ってくれる。
私はその笑顔を消したくなくて、みっちゃんのためならなんでもできると思っていた。
小学生のとき。
相変わらず私はドジでノロマで、周りに迷惑ばかりかけていた。
それがとても悔しくて、何度も何度も乗り越えようと、一人で行動するようになった。でも、一人になっても、回りには迷惑をかけてしまう。
そんなとき、みっちゃんは笑ってくれるのだ。
困った顔一つせず、「大丈夫だよ」って。私が泣かないように、笑って手を差し伸べてくれる。
彼女だけは手放したくない——そう強く感じた。
そのためには、嫌われてはいけない。みっちゃんの嫌がることだけは、絶対にしてはいけない。
そう悟った私は、なるべくみっちゃんの気に障らないように、みっちゃんが喜んでくれる方向へ、道を進んでいくことにした。
「俺、岸さんのこと好きなんだ」
病院で、お母さんが来る前。相澤くんがそう言った。
いつもの笑顔でもなんでもなく、真剣な表情で。本気なんだなって、思った。
その瞬間、頭によぎったのはみっちゃんの顔。彼女は、これを受け入れることに喜ぶのか、それとも受け入れないことに喜ぶのか。そんなことを考えてしまう。
結局私は、真剣に自分の気持ちを伝えてくれた相澤くんより、みっちゃんを優先してしまった。
自分の気持ちは……わからない。たぶん、嬉しかったんだとは思うけど。でも、好きとかどうとか、わからない。
私の気持ちは、みっちゃんの気持ちと同じだから。
相澤くんは、そんな私に愛想を尽かさなかった。
彼なりに、私をみっちゃんから離そうとしている。
でも、そんなのダメだ。私はみっちゃんの気持ちにならないといけない。
「理沙子ちゃん、授業一緒にいかない?」
喜んじゃいけない。
「理沙子ちゃん、お昼一緒に食べない?」
やめて。みっちゃんが嫌がってるから。
「理沙子ちゃん、一緒に帰ろう」
ダメ。
ダメ、ダメ、ダメ!
私はみっちゃんを喜ばせないといけない! みっちゃんを笑顔にしないといけない! みっちゃんを、みっちゃんを……っ!
これまで私がやってきたことを、無駄にするようなことはしたくないの。私は何も間違ってない、みっちゃんがいれば、私はそれで……。
なのにどうして、相澤くんは、私が間違っているような言い方をするの?
……でも。
「朝霧さんは、それで喜ぶような人なの?」
そんな相澤くんの言葉に……はっと、してしまった。
私は、みっちゃんのことを何もわかってなかったんだと。
みっちゃんは、私の意見を否定するような子じゃない。
私の意見を、気持ちを、大切にしてくれる子だ。
……でも、それじゃあ、私は……。
――自分の気持ちを、言わなければいけない?
ドクン、と心臓が鳴った。
必死に隠してきた気持ちを、わからないふりをしていた気持ちを……私は……認めないといけない……。
嫌だ。
私は、みっちゃんがいい。
私の隣で笑ってくれるのは、いつだって、みっちゃんだった。
そして、これからもずっとみっちゃんだと思っていた。
「私、は……。相澤くんが求めるような答えは出せないよ……」
「言ったでしょ、待つって」
「……」
……相澤くん。
みっちゃんは、きっとわかってくれる。笑顔で、「おめでとう」って、笑ってくれる。相澤くんも、わかってる。そう、問題なのは私だけ。
――ああ、なんだか、バカらしくなって来ちゃった。私は今まで、いったい何にうだうだと悩んでいたんだろう。
私のことを認めてくれる人がいる。
それって、全部私が求めていたことだ。
人の力がないと起きあがれないノロマな私を引っ張ってくれたのは、いつもみっちゃんだった。
でも、今は違う。
みっちゃんだけじゃない。
相澤くんがいる。
このままの私を好きだといってくれる人がいる。
「……相澤くん。放課後、話できるかな?」
※ ※ ※
車に乗って、小さくなったみっちゃんと相澤くんを眺める。
……我ながら、卑怯なことをしてしまった。
結局私はみっちゃんを取ったように見せただけで、両方を選んでいる。相澤くんに、期待を持たせてしまっている。
だって、私みっちゃんも相澤くんも、どっちも好きなんだもん。みっちゃんの方が大事ではあるけど、みっちゃんとは友達でいたいってだけで恋人になりたいわけじゃないし。
好きの意味が違う。だから、みっちゃんも相澤くんもどっちも一番だ。
……みっちゃんは、相澤くんを好きになってもいい雰囲気だったな。
思わずいつものくせが出てきてしまうけど、そのおかげで決心がついた。
少しずつ少しずつ、相澤くんをみっちゃんより好きだと思えるようになればいい。きっと、相澤くんはそうさせるように動いてくれるだろう。
相澤くんはずっと待ってくれるって言ったけど、さすがに私も長引かせるつもりはない。
うん、大丈夫。私、相澤くんが好き。