名取くん、気付いてないんですか?
あぁあ……。
気が付けば、あっという間に昼休み。色気より食い気より名取くんと言われたわたしも、今は食欲が出なかった。
あっごめん。食べる。食べるから、そのなんともいえない笑顔やめて、リサちゃん。もしかしたらいつも通りの笑顔なのかもしれないけど、なんか悲しくなった。
でもさ、まだ葵ちゃんが購買から帰ってきてないし、もうちょっと待とう? まったく、リサちゃん、見かけによらず食いしん坊なんだから。
……あ、ちょっと、よだれは乙女としてどうかと思うんだけど!?
「遅れてすまないでござる!」
ズサササーっとスライディングして教室のドアから登場したのは、お待ちかね葵ちゃん。シュタシュタと両手を後ろに広げる忍者走りでわたしの席に駆けてきて、近くの椅子を借りて座った。
お昼ごはんは、いつも教室で食べている。その理由はただわたしとリサちゃんがお弁当派なだけではなく、わたしたち二年生の教室から学食は階段を下りないといけないからである。
つまり……その、ほぼほぼリサちゃんが理由だ。
ドジっこリサちゃんは階段から足を滑らせる可能性だってあるわけで、もちろん手すりはちゃんと握らせるしリサちゃんもしっかり握ったりはするけど落下未遂は何度もあった。
登下校や移動教室の上り下りは仕方ないけど、なるべく危険はさけたいってことだ。
「じゃあ、そろそろいただきますしようよ~」
リサちゃんは、幸せそうな顔で目の前のお弁当に手を合わせる。
「了解でござる!」
「うん、いくよ~。いただきま——」
リサちゃんの声に合わせて、わたしも手のひらを胸の前に合わせ——
「おい待て忍者」
和久津くんによって阻止されてしまいましたね。
まっすぐに伸ばされた和久津くんの長い腕と手のひらは見事葵ちゃんの頭にクリーンヒット。「グゲッ」なんて葵ちゃんは可愛いくない声をもらしてしまった。
「いた、いでででで! おい、握りつぶす気だろ……でござる! 拙者は朝の手裏剣ナンバー二四のようにはいかないからな!」
「うるさい」
とか言いつつ、和久津くんは葵ちゃんの頭をホールドしながら小さく「え、あの手裏剣番号あんの……?」と呟いている。
和久津くんから葵ちゃんに絡むなんて珍しい。また何かやらかしたのか葵ちゃん。
はっ、いやいや、葵ちゃん、ほんとに痛そうだし、止めないと。なにわたし傍観してるの。
「わっ、和久津くん、もう……」
席を立って、和久津くんの腕にストップをかけようとしたところ、
「祐也、やめてあげなよ。痛そう」
先客に先を越された。
あ……。
それは、名取くんだった。名取くんは和久津くんの腕を葵ちゃんの頭からそっと外して、葵ちゃんに「大丈夫?」と優しく声をかける。
茫然とする和久津くんに、ちゃっかり相澤くんが和久津くんの肩を叩いて慰めていた。……いや、すごくにやにやしてるから冷やかしてるのかも。
「あ、ああ……。ありがと、う……名取殿」
びっくり顔の葵ちゃん。まさか名取くんが助けるとは思ってなかった、って表情。
ああもう。そういう誰も予期しないさりげなさが、かっこいいんだよー! 名取くん、好き!
「で、私達の昼食を邪魔した理由って、なんだったの~?」
あ、やっべ。こちら、リサちゃんは誰も予期しないところで怒ってらっしゃいました。食べ物の恨みは怖いんだぜ?
もうペコペコだったんだろう、一口サイズのハンバーグを頬張りながらの怒りです。
「いや、だってこいつが……」
リサちゃんの怒りにしどろもどろな和久津くんは、頬を掻きながら言いずらそうに言った。
「俺も狙ってた最後のクリームパンを奪っていくから……」
うわ、結構どうでもいいかも。
ひっそり聞いていたクラスメートも、葵ちゃんの方へ傾いていくのを感じた。