名取くん、気付いてないんですか?



「出ない……」



 和久津くんに電話をかけ終わった名取くんが、ため息を吐く。


 夏祭りだからざわざわ騒がしいし、着信音に気づくのは難しいよね。向こうから電話してこないのは……ちょっと、怪しいけど。


 もしかしたら、二人は気を利かせて離れていったのかもしれない。


 わたしは嬉しいけど……名取くん、ちょっと微妙な顔だなぁ。いや、でも、わたしは嬉しいから、いいのか?



「……名取くん」


「なっ、なに?」



 一歩近づくと、一歩下がられる。ちょっと傷ついた。でも今日は鋼メンタルなので、ちょっと傷つく程度だ。


 思い切ってもう一度近づくと、また離れられた。互いに譲り合わない、隙のまさぐり合いの始まりである。


 屋台の裏で、じりじりと、互いの距離を取り合う男女。


 なにこれ。



「……名取くん、ストップだよ」


「な、なんか、止まったら駄目な気がしてる……」


「なんで!?」



 くそう、こうなったらもう、強行突破だ!


 わたしは何かの糸がブチっと切れたように、名取くんの様子を窺うのをやめて―――その胸に、思い切り、飛び込んだ。


 思っていたよりずっと硬く、そして広い。


 わたしは……わたしは……。


 急激に恥ずかしくなる!


 ぶわっと顔が熱くなる。行動を仕掛けたのはわたしなのに、わたしは負けてしまった。熱い、熱い……けど、この場所を退ける気分にもならない!


 だって名取くんの胸の中だよ!? これ以上幸せな場所ってないよ!



「な――なんで、そんな、急に、こんなことを……!」



 焦る名取くんの声に顔を上げると、名取くんまでもがわかりやすく真っ赤になっている。いや、そりゃあそうだ!


 でも、初めて抱き合ったのは、名取くんからだったからね!? なんであのときはできたのに、今はそんなに離れてほしそうなのかな!?


 なおさら絶対離れてあげない!



「あっ、朝霧さんっ!」



 聞いたことのない、名取くんの本気慌て声。


 わたしはそれに、愉悦を感じてしまっている。



「ごめん、これ、離れられないよ」


「離れられるでしょ!? ちょっ、駄目だって……!」



 ぐいぐいと肩を押し返される。わたしは負けじと一層強く抱きしめてやった。


 ドキドキドキドキ。自分の心音かと思っていたら、名取くんのものだった。


 名取くんの心臓はとても早く動いていて、わたしに、ドキドキしてくれてるんだって実感する。嬉しい、とても。嬉しい。どうしよう、嬉しい!


 でも、当分離れる気はないからね!? こんな特等席、手離すもんか!



「うぅ……っ」


「名取くん、わたしね。名取くんのことが好きなの」


「それは……っ、もう聞いたから……離れ……っ」



 恥ずかしい? わたしも、恥ずかしいよ。でも、今、ちゃんと全部伝えなきゃ。

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