名取くん、気付いてないんですか?
――わたしが初めて名取くんを強く意識したのは、一年生の夏休み前のことだった。
元々、顔が割と好みだったこともあって、気にしてはいたけど、好きになる……とはまた違うことだったと思う。
登校中に、後ろ姿を見てるだけでなんだか嬉しくなって、満足していたから。
でも――その認識が変わったのは。
「あれ、朝霧さん、髪型変えたんだ」
その日のわたしは、夏の暑さを和らげようと下ろしていた髪をサイドテールにまとめていた。
そのときは普段はそこまで積極的に話す人じゃなかったから、急に話しかけられて驚いてしまって、今の挙動不審感の片鱗が出てしまったんだけど……。
名取くんは、柔らかく笑って。
「……可愛いと、思うよ、その髪型」
――――完全に落ちた。
そんなことで、って思われるかもしれない。チョロいって、なるかもしれないけど。
わたしにとってはその言葉と、笑顔が。重たくどすんと胸に刺さったのだ。それは、もう今でも抜ける気配はない。
それからわたしはサイドテールを続けている。名取くんには全然、気づかれてないけど。
好きにはなったけど、アプローチなんてありえないことだと思っていた。恋人になりたいなんて、さらにおこがましい。
その年の夏休みなんて、ずっともやもや恋心を隠したまま終わった。夏祭りには、こっそりと名取くんの背中を探して。
ぼんやりと、これからもずっと好きでいるんだろうなぁ、なんて考えていた。
※ ※ ※
空気が重たい……。
わたしと名取くんが気まずくて、合流したらなんだか和久津くんの機嫌が悪くて。葵ちゃんがあたふたしている。
わたしも、名取くんと気まずくなるのこれで何回目? こっちは全部さらけ出してるというのに、名取くんはまだなんか隠してる気がするんだけど……。
ずんずんと無言で、花火がよく見える場所だというところに大股で歩いていく和久津くんについて行く。えっと、それで、なんで和久津くんは機嫌が悪いのかな……?
「葵ちゃん……和久津くん、どうしたの?」
「えっ。あー……えっと、その、みお殿が名取殿と仲良くなりすぎるのが嫌だとかいう……。……ことで、ごさるよ」
「あー、そういえばまだ認めてくれてなかったなぁ。名取くんとのこと」
「え、いやっ、そういうことじゃないんでござるが……」
でも、その割には名取くんと夏祭りに一緒に行かせてくれたり、協力のようなことはしてくれてるように思うけど。
ツンデレ……かと思ったけど、それならここまで機嫌を悪くする理由はないか。
「着いたぞ」
少し坂を登ったところで、ずっと無言だった和久津くんが振り向いた。
その表情はまだ口をへの字に曲げた無愛想顔だ。
着いた先の周りは住宅街で、祭り会場とは少し離れているけど、見晴らしはよかった。というか、花火は別にあそこから打ち上げるわけじゃないもんね。