名取くん、気付いてないんですか?
うーん、今日はもっと、名取くんとの距離を縮める気だったんだけどなぁ。予定では今頃、告白の返事にOKしてくれた名取くんと、手を繋いで花火を見上げる……はずだったんだけどな。
ちょっと、名取くんの頑固さを舐めてたよ。
とはいえ、意識してます発言は聞けたし、良い線行ってるとは思う。名取くんが、なかなか自分の気持ちに決着を着けてくれないだけで。
ちらりと名取くんの方を見ると、ばっちりと目が合った。うん……ここまでは、行くようになったんだよね。名取くんもわたしのことを見てくれてるんだなっていうのは、わかった。
あれ? ちょっと、わたし、ドキドキしなくなってる? うーんというより、ドキドキが薄くなったというか……。目が合っただけで舞い上がれなくなってる。
やっぱりちょっと、欲張りになってるみたい。
ここでめげるわたしではない。名取くんに一歩近づいた。
もう一度名取くんを見ると、辺りは少し暗くなって見えづらいけど……赤い?
ほら、別に触れあってもいない時点でもそんな顔になるのに、自分の気持ちを認めないなんておかしいよ。やっぱりわたしのこと、好きなんじゃん。
……名取くんの、バーカ。
「そろそろ始まるでござるね、花火!」
葵ちゃんがたこ焼きを食べながら言った。あれ、また食べてる。そんなに気に入ったんだ?
虫の鳴き声がカラカラと聞こえる。
一瞬の静けさの後に……花火は、打ち上がった。
「――――……朝霧」
パァン、と大きな音とともに、花火は夜空に咲かせる。耳に響いて、鼓膜を震わせる、色とりどりの花火。
綺麗だなぁ。
わたしはスマホを取り出して、写真を取ることにした。……そしたら、その腕を、和久津くんに掴まれる。
え、また? 何? 早くしないと、花火終わっちゃうよ?
腕を掴んだまま、わたしを見る和久津くんの表情はなんだかとても真剣で、少し、どきりとしてしまう。
和久津くんを照らす、花火の光。
さっきまで不機嫌そうだったのに、どうして、そんな顔……。
「……?」
なんだろう?
和久津くんが口を開いた。
ん? えっと……『う』? んー、『つ』? ウ段なのは確実なんだけど……。
なに? 和久津くん、花火の音で聞こえないよ。
次は……イ段。
最後に――ア段。
う、い、あ。この段の文字で、この和久津の表情。
まさか、それって。
いや、まさか。そんな。
でも、でも。
段々、和久津くんの顔が赤くなっていく気がするし……!
ど、どうしよう。わたしには、名取くんが……あっ!
ばっと名取くんの方を振り向いた。名取くんは花火を見て……なんて、なかった。わたしを見ていた。厳密には、わたしと和久津くんを。
な、なにこれ……! ていうか、なんで今!? 花火、見たいのに……っ!
わたしは反射的に和久津くんの手をふりほどくと、腕を上に掲げて、スマホで花火の写真を撮ったのだった。
いや! 空気読めない行動だとは思うけど! 一枚くらいは撮っておきたいじゃん!?
ふりほどかれた手を見て、和久津くんは。
ふっと、笑う。
あ――。
何か口からこぼれそうだったのに、わたしはなぜか坂を駆け下りていた。
――――名取くんが、わたしの腕を引っ張って、走っていたからだった。