名取くん、気付いてないんですか?
和久津裕也
大和からここで解散のメールを受けて。ついでに、両想いになって付き合う、なんて報告も受けて。俺は静かにスマホの電源を落とした後、乱雑にポケットに突っ込んだ。
葵が見上げてくる。正直、葵がいてよかったと思う。たぶん、ここで俺ひとりだった場合、俺は誰彼構わず当たり散らしていただろう。みっともなくやけになって、そして、結局最後には葵に泣きつくのだ。
……なにが両想い、だよ。大和、おまえ、朝霧には興味なさそうだったじゃねぇかよ。あんなにあからさまなアプローチを受けておいて、まったく気付いてなかったくせに。
きっと、大和に俺と朝霧の知らない会話があるように、俺にも大和と朝霧の知らない会話があるのだろう。それも、俺よりずっと深い会話が。朝霧が本気を出して、大和を落としたんだ。
だらしなく、花火の終わった空を見上げた。まだ空には煙が漂っていて、まるで今の俺みたいだ……なんて、クサいポエムに苦笑する。
なんていうか……。馬鹿だよな、俺。なんであんなこと言ったんだよ。結果はわかりきってるはずだろ。あいつは、ずっと大和しか見てなかったんだ。そんなの、知ってたはずだろ。俺だって最初は、あいつのことなんて、嫌いで……。
「ししょーおー!」
「あ? なんだよ葵、人か考え事して――むぐっ」
口内に押し込まれたのは、適度に冷めたたこ焼きだった。葵はたこ焼きに刺さったつまようじを抜くと、からかうように笑った。俺は眉間にしわを寄せて、たこ焼きを飲み込む。
「考え事なんて家でもできるでござる! だから……もう少しだけ、拙者と夏祭りを……楽しもうでござる」
「……」
葵……。
葵はきゅっと控えめに、俺の服の裾を掴んだ。目を伏せて、長いまつげを瞬く。なぜだかその仕草に、胸が締め付けられた。まるで、あの時の――小学校の時の、葵に別れを決意した瞬間のような気持ち。
よくわからない。変な感じ。でも、よくわからない、よくわからないけど、葵が俺の側にいてくれようとしているのはわかる。
「あ、えっと、い、嫌でござるかっ?」
なかなか返事をしない俺に葵は不安そうな目で見上げ、手を離した。そうか……葵は今、俺に気を遣っているのだ。
申し訳ないと、思う。勝手な俺の気持ちに、葵は着いてきてくれようとしている。それがまた悔しい。俺は負けたのだ。負けてしまった。葵の態度がそれを膨張させている。
こんな気持ちになるなんて考えていなかった。ここまであいつのことを思うなんて、知らなかった。いつからだ? わからない。気付いたらそうだった。でも、そういうものなんだろ、こういうのって。
「――――悪い、葵。少し、少しだけでいい。……胸を、貸してくれ」
そうして俺は、倒れ込むように、葵の胸へ頭を埋めた。葵は、ただ無言で俺の背中に腕を回す。体格差があるだけに、なかなか厳しい態勢だが、そんなの気にする余裕もなかった。
温かい。人の温もりって感じだ。葵の黒髪が俺の首元をくすぐる。
「師匠、なんだか鎖骨のあたりが湿ってきてるような気がするでござる」
「……うるせぇ。黙ってろ」
「あー、そんなこと言うともうやめるでござるよ」
「……黙って、ろって」
「……」
髪に指を通された。心地よくて、目を細める。
――葵は、優しい。
正直、どうしてここまで俺に着いてきてくれるのかわからない。幼なじみだから? 友達だから? ……たぶん、どれでもない。
ただ、葵がそういう人間だからだ。なんの見返りも求めずにこんなことができてしまう、お人好し。……俺の周り、そんなんばっか。
そして俺はそんな優しさにつけ込んで甘えてしまう、嫌な男。友達の恋愛に素直に祝ってやれない、わがままな男。あー、やべ、ネガティブ思考。
しばらくは、直りそうにないな、これ。
……きっつ。でも、葵がいれば―――なんて。駄目だ駄目だと頭の中で首を振る。
葵に、あまり依存したくはない。葵がいないとこんなことも乗り切れないなんて思いたくない。
そうだな、いっそ――――俺は葵を好きになればよかったのに。
なんて言い出す始末。
俺はもう一度頭を横に振った。
ダメだ。それだけは、思ってはいけないことだ。