名取くん、気付いてないんですか?


 結局なにも情報を得られないまま時間は過ぎていった。放課後です。


 相澤くん、ガードが堅すぎる。一瞬見せたあのデレはなんだったの。まあ、からかいたかっただけなんだろうけどさ。


 掃除当番のリサちゃんを待つ時間、何をしようかと廊下をぶらぶらと散歩。名取くんはささっと帰っちゃうし、バイバイって言う隙も与えてくれなかったな。


 そういえば、葵ちゃんはどこだろう。帰る約束、してるんだけど。



「……あれ」



 わたし達のクラスとはまた違う、二年生の教室のドアの前に座って隠れる葵ちゃんの後ろ姿を見つけた。


 隠れ身の術の練習かとも思ったけど、どうやら教室の中には誰かいるようだ。度々中をこっそり確認しては、肩を落としている寂しそうな姿。


 これは、声をかけてみてもいいのかな?


 葵ちゃん、こそこそしてるから音量は小さめにしておこう。



「……葵ちゃーん」


「っ!? んぐっ、しぃ!」



 後ろから忍び寄れば、急なわたしに驚いた葵ちゃんが声を出しかけたのか、自分の手で口を押さえ、わたしに静かにするよう促してきた。


 わたしも忍びの素質あるかも! とか思ってる場合じゃないねこれ。


 わたしの口の前にも人差し指を立てられた。可愛い八重歯の葵ちゃんはおらず、眉をつり上げて怒っている。う……わたし初めて葵ちゃんに怒られた。うるさいって怒られた。


 でも、頭を垂れながらも葵ちゃんを見れば、教室の中を気にして気まずそうに顔を歪めていた。


 それで、この中には誰がいるの……?


 教室をのぞき込もうとしたわたしの肩を掴み、ふるふると首を横に振る葵ちゃん。


 かと思えば、



「………せっ、拙者はこれで失礼するでござるっ」



 顔を真っ赤にしてそんな捨て台詞を小さく吐き、例の忍者走りで音もたてずに去ってしまった。


 あ、あー……行っちゃった。


 葵ちゃん、わたし達と一緒に帰らないのかな……? 今会ってもなんか気まずいか。


 で、結局教室の中の人って……。ちらりの見ると、葵ちゃんもさっきまで聞いていたであろう、会話が再開していた。



「……きょっ、今日はありがとうございます。手伝ってもらっちゃって……。クラスも違うのに」


「は? いや、だって一人で掃除押し付けられるって、どこのいじめられっ子だよ」


「い、いじめられてなんてないですよっ!」


「……どうだか」



 え……あれって。


 中には二人の男女がいた。女子の方はほうきで地面を掃いていて、男子はちりとりでしゃがんでいる。


 女子はこっちを向いてるから顔は見えるけど……知らないな。他のクラスの子までは把握しきれてないから、彼女はここのクラスで間違いないんだろうけど。


 問題は男子の方だった。


 後ろを向かれてるからはっきりとは断言できないけど、わたしは彼を知っている。というか、さっきまで同じ空間にいたわけで。


 葵ちゃんが気にしてた理由って、これだったんだ……。


 男子はゴミを全て集め終えたみたいで、まっすぐ立つとゴミ箱へぼすぼす音をたてながらゴミを捨てた。そして女子に向けて、ため息を放つ。



「こういうの、なんかほっとけないんだよな。たとえ、初対面の知らない女子でも」


「あっ、わ、私は——」



 まさか彼がそんな人だとは思わなかった。初対面だったんだ。そんな風には見えないのに。


 いや、でも確かに今朝、女子達のそんな会話を聞いたかもな……。


 ……優しい、とか、どうとか。



「私は前から、和久津くんのこと知ってましたよ! それで、あの……好き! っなんです……」



 わたしは教室のドアを背もたれにして座り込んで、女子の勇気ある和久津くんへの告白を盗み聞きしていた。


 和久津くんはどう返事するつもりなんだろう。


 盗み聞きなんだから、罪悪感とかで早くこの場を去らなくちゃならないのに。まるで自分のことかのように、バクバクと心臓が暴れる。


 ……自分ことかのようにって、どっちに感情移入してるんだろう。女の子の方なのか、和久津くんか。


 たぶん、女の子の方だ。告白なんて、そう簡単にできることじゃない。断られる恐怖なんて、想像したくもない。


 名取くんに、告白してみたら。そんなもしもが頭に浮かんだ。


 もう中は覗かないようにしよう。だから、せめて返事だけは、聞かせてほしい。



「あー……っと、ごめん。まさか、勘違いさせたか?」


「……え?」



 ドクン、ドクン。鼓動が耳を刺激する。


 ぎゅっと両手を握って、目をつむる。



「俺は、好きじゃないから。……悪いな」



 『——ごめんね、朝霧さん』



 ……わかってたよ。名取くんがわたしを好きじゃないなんて、知ってる。


 それでも、わたし達は好きな人のために一生懸命になるんだ。少しでも、こっちを見てもらえるように。少しでも、笑いかけてもらえるように。



「……そっ、か」



 女の子の悲痛なつぶやきが胸を刺す。


 わたしの胸はじくじくと痛み、なにも考えられなくなった。頭が真っ白で、ただ胸の痛みだけが全てを表していた。


 そろそろ……リサちゃん掃除終わったかな。


 もう、行こう。返事は、聞けたんだから。聞いてしまったんだから。


 ……聞いて、ごめんね。

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