名取くん、気付いてないんですか?


 季節は秋、新学期が始まったばかりです。


 そんでもって……。



「名取くん! 早く! ハリーアッープッッ!! わたしは早く愛鉢が読みたいです!」


「えっ、ちょっと待って、朝霧さんっ、はぁ、早すぎっ、ぜぇ」



 今日は愛鉢最新刊の発売日です!


 ダダダダダと学校の廊下を走り抜ける。わたしに腕を掴まれている名取くんは息を切らしてへろへろになってるけど、そんなの知ったことじゃない! 構ってられるか! 本屋へ一直線に進むべし!


 愛鉢――愛と植木鉢。この作品は、いっちばん初めにわたしたちを結びつけてくれた、言わば恋のキューピッドのようなもの!


 この漫画がなかったら名取くんと仲良くなることなんてなかったし、この漫画があったから、わたしは今こうして……恋人同士に、なれた。


 あれから何度も読み返した既刊は、少しよれてしまったけど。あのよれた分だけ、わたしたちは近づけてるんだと実感できていた。


 そんなところに新刊! これはもう発売日に、名取くんと一緒に読みたい!


 階段を駆け下りると、見知った顔に合った。足を緩める。名取くんがぜぇはぁと言いながら、わたしの肩に頭を乗せた。少しドキッとする。え、でも待って、そのまま着いてくる気なの?



「あ、みっちゃん。今から帰るの~?」


「リサちゃん! ……と、相澤くん」


「おまけになったら声のトーン落とすの、やめてくれない?」


「めんご相澤」



 相澤くんがいらついた気持ちを隠すようにゆっくり微笑んだ。こんな感じ、にぃっこぉ……。


 リサちゃんと相澤くん。この二人は、わたしが名取くんと付き合って一緒に帰るようになってから、身を寄せ合うように一緒に帰り始めていた。


 ちなみにまだ付き合っていない。相思相愛なのはお互いわかりきった状態で、付き合うのはまだだとリサちゃんが渋ってるみたい。


 小悪魔リサちゃんだ。相澤くんはまだ保留……いや、補欠状態かなぁ? リサちゃんの中でわたしはまだ殿堂入りできてないみたいだから。


 あー相澤くんかわいそー。イケメンが恋愛事で泳がされているのを見るのは、大変面白いでございます。


 それでいてなんとももどかしい。少女漫画ではなんども見てきた友達以上恋人未満ってやつだけど、実際目にしてみると端から見れば好き合っていることはあきらか。


 さらに本人たちも自覚して付き合っているとなれば、無理やりくっつかせたい欲が出てうずうずしてしまうのだった。



「どうしたの~? そんなに急いで~」


「欲しい漫画が今日発売だから、早く読みたくって!」


「あ~、じゃあ早く行かなくちゃね。バイバイ~」


「うん、ありがと! さ、名取く~ん?」



 いつまでわたしにもたれかかってるのかな? さっきからめっちゃ肩重いよ? ドキドキは一瞬だけでいいよ~?


 ガシッと名取くんの手を掴む。名取くんは肩をビクッと震わせて、ひきつった顔でわたしを見た後――観念したように、はぁっとため息を吐いて恋人つなぎにつなぎ直してくれた。


 冷たいけど、温かい。



「……行こっか、朝霧さん」


「う、うん……」



 校舎を出る。ドキドキと胸が高鳴って、まともに名取くんの顔を見られない。

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