名取くん、気付いてないんですか?
……なんか最近、名取くんがかっこいい。
あ、いや、今までもかっこよくはあったけど、最近はますますっていうか……。なんだろう、付き合い始めてから、余裕? が、出てきてるっていうか……?
前までのもだもだとか、手をつなぐときにいちいち赤くなるとか、しなくなってきたんだよね。
まったく……あんなにめんどくさい思考でわたしを振り回したくせに、くっついたら急にかっこよくなって……。……嘘、本当はすごく嬉しい。
そしてそんなわたしも、少し変わったと思う。あんまり名取くん良いところを見せようと思わなくなった。というよりは、悪いところを見てもらおうと思うようになった、かな。
どうにか繕ったきれいなわたしだけじゃなくって、やきもちだったり嫉妬だったり、そんなこともする醜いわたしも知った上で、名取くんには付き合ってほしかったから。
そんなこんなで、今日までわたしたちは順調だ。ゆっくりゆっくり、わたしたちのペースで仲を縮めてきたように思う。
「あ、あのさ」
と、名取くんがわたしをちらりと一瞥した。一瞬だけ目が合ったそれは、気まずそうに泳いでいる。……あれー? おかしいなー? 順調だと言ったそばから、なんか不穏な空気が……。
「俺、朝霧さんに言わなきゃいけないことがあって……」
こ、これってもしかして――別れ話!?
嘘でしょ!? 名取くんと想いが通じ合ったのなんて、昨日のことのように思い出せるのに! むしろ昨日みたいなものだから! 昨日のような気がしてきた! 昨日だね!
そ、そんなぁ! 何が悪かったって言うの!? 今だって手をつないだままでいてくれてるのに、これはなんだっていうのさ! ひどい! わたしとの関係はお遊びだったのね!
そうなればきっと原因は浮気だ。最近かっこいいのも理由が付く。名取くんは恋をしているんだ、わたし以外の人に……。
「あ、あの、えっと……ね」
「やだぁぁああぁーーーー!!」
「えっ!?」
「いや! 言わないでぇーーー!」
別れたくないよ! みっともないけど、めんどくさいけど、まだ名取くんと一緒にいたいって、すがりつきたいよ!
「ほ、ほんとにごめん、黙ってて! でもその、ネタバレする気とかは一切ないから!」
「やだぁ――――ん? ネタバレ?」
「え?」
「え?」
えっと、なんのこと?
あれ? もしかして、なんか、話食い違ってる?
「えっと……俺、愛鉢をもう雑誌の方で読んだんだって言おうとしてたんだけど……」
「えっと……わたし、名取くんが別れ話をしてくると思って拒否してたんだけど……」
顔を見合わせる。お互いの顔を見て、ゆーっくり首を傾げていき……。
「わ、別れ話!?」
「雑誌派だったの!?」
わたしは、別の意味でのショックが襲いかかった。
雑誌で見たという事はつまり、彼は内容を全て知っているという事で、単行本派のわたしと違って初見のみが許される新鮮なリアクションができないということ。
わたしは今日、名取くんと一緒にお互い初見で読む気で、同じリアクションで、同じ気持ちを共有しようとしていたわけだから……。
名取くんが申しわけなさそうにしているのも納得できる。しょうがないけど、感想だけ言い合おう。と、わたしは冷静にうんうんと頷いた。
それに対して、わたしの勘違いに名取くんは……。
「あ、安心してね!? お、俺ちゃんと、朝霧さんのこと好きだから! ………うわあああああ言えた!? え、こんなタイミングで!?」
こんなタイミングで。
それはこっちの台詞なんですけど。
だって、心の準備なんてしてなかったわたしには、破壊力が強すぎるんだもの……!!
顔は合わせられなかったけど、手はつながったままで。さっきまで冷たかったのに、もうこんなにも熱い。
顔の火照りを直すために、わたしたちはどちらかともなく、無言で、本屋へ駆けだしたのだった。