名取くん、気付いてないんですか?
愛鉢を無事購入できたわたしたちは、近くの公園のベンチに並んで腰掛けていた。
『わたし……わたしが、好きなのは……あなただよ、瞬くん……!』
『えっ……?』
『この花の種をくれたのも、あなただよね……?』
八重ちゃんの手には、綺麗に咲き誇るパンジーの花。
八重ちゃんの前には二人のイケメン、瞬くんと春人くん。最後に八重ちゃんが選んだのは、瞬くんだった。
……瞬くん、だったかー。そして、種をくれたのも瞬くんだったのかー。春人くんはとばっちりで八重ちゃんを好きになっただけだったかー……いかんいかん、こんな考えは。
パタンと単行本を閉じる。
「名取くんは、一足先にこの結末を知ってたんだね……」
「や、やっぱり根に持ってる!?」
「ううん……この複雑な気持ちを処理仕切れないだけ……」
だって、そんな。
最終巻なんて、知らなかったんだもん……! 結末が見られて嬉しいような、終わっちゃって悲しいような、複雑だよ、もう!
楽しみすぎて情報をあまり仕入れてなかったから、最終巻だったという事実に驚きと困惑と動揺が止まらないよ!
はああああああ、でもそっかー、瞬くんだったか。先に八重ちゃんの悩みに気付いたのも、八重ちゃんを好きになったのも、八重ちゃんに好きになってもらえたのも。
春人くん、完敗じゃん。
せめてひとつくらいは、八重ちゃんを好きになった順番くらいは、最初にしてよかったんじゃないかな……。
「……春人くん、幸せになれるといいねぇ」
思わずポロリとこぼすと、名取くんがぎゅっと手を握ってくれる。
さすがに、わたしだってここまで感情移入すると思ってなかった。確かに、八重ちゃんが幸せになれて、瞬くんが幸せになれて、嬉しいけど。圧倒的に報われない春人くんが可哀想すぎる。
これはトラウマだ。
「どうしよう……わたし、これからは一対一の少女漫画しか読めなくなっちゃうよ!」
「朝霧さん待って、最後まで読んでないでしょ!」
「はっ、衝撃的すぎて忘れてた!」
ちゃんと最後まで読みます。
『俺の初恋は、八重ちゃんだったんだ――――』
「幼少期に出会ってたーーー!!!」
べ、べ、べ、ベタだなぁ! 最後のなけなしの勝利要素来たぁ! いや、負けてるけどぉ! 負けてるけど負けてないよぉ!
やったぜ春人くん! やったぁ!!
名取くんとハイタッチをする。何度も何度も。気付いたらアルプス一万尺が始まっていた。二万尺まで続けた。へいっ!
まぁ……それでも、トラウマなのは変わらないけどね。
「次は、みんながハッピーになれる漫画を探します!」
「あ、じゃあおすすめの漫画があるんだけど! 先月号から新連載が始まったラブコメで――」
「お、おう……っ?」
雑誌派名取くん、もう目を付けている漫画があるのか!
ぐいぐいと言い寄られ、逃げ道がない。あれ、名取くんってこんなに少女漫画で熱くなれる人だったの。
目の前にはきらきらと目を輝かせる名取くん。その距離は後数センチというところで、あれこれと説明してくれる姿は楽しそう。
……で、楽しそうなところ悪いんだけど……わたしはついつい欲が出てしまって、その話を中断させるように名取くんの頬に手を添えた。名取くんは異変に気付いて話を止める。
「え、朝霧、さん……っ?」
――――逃げようったって、もう遅いよ。
困惑した表情の名取くんにときめく。
わたしはゆっくり目を細め、顔を近づけていった。