名取くん、気付いてないんですか?
「――――和久津」
校門から出たとき、ずっと俺の前で歩いていた葵が振り向いた。ふわりと風が吹いて、葵の黒髪が空を舞う。
いつもの無邪気な笑みじゃなくて、少し大人びた笑顔。
ギクリ。嫌な汗が背中を伝う。葵を幼なじみとも、友達とも思わなかったときはいつもこうだ。葵を『そう』思ってしまうたび、罪悪感がじわじわと俺を蝕む。
「……何」
目を合わせないように返事をした。
「無理に嫌いになる必要はないでござる」
……なんの話だ。
「どうやったって、好きなんでござる。変えられないんでござる」
やめてくれ。俺はもう、失敗したんだ。
あいつらはまた俺に話しかけてくるかもしれない。でも、俺からはもう話しかけられない。
あいつらの幸せそうな姿を見るたび、苦しくなる自分がいる。なのに、吹っ切れたふりをして、会話に参加しようとする自分がいる。
まともに告白もできなかった。せめて、言葉だけでも伝えられたら楽になれたかもしれないのに、逃げてしまった。
足が動かない。
葵はそれに気付くと、俺の目の前に立って――頭を俺の腹にもたれかけた。
葵の重みを感じる。
「……もし、いつか、過去のことにできる日が来たとしたら。
そのときに笑いかけてくれたら――――拙者はそれで、十分なんでござる」
数回ぐりぐりと頭を押し付けるとパッと顔を上げて、葵は目を細める。
ギクリじゃなかった。
ドキリだった。
罪悪感なんてなかったかのようにするくらい、透明でみずみずしい笑顔だった。
朝霧が好きだ。
大和が好きだ。
俺は、意味は違えど二人とも好きだ。でも、二人の間に割り込んだせいでその気持ちが歪んできている。
「伝えるなら今でござるよ」
まだ伝えてないことがあるんだ。
スマホをポケットから取り出した。すぐに電話帳を開く。目当ての名前を見ると、それを押す手が震えた。