名取くん、気付いてないんですか?
コール音が響く。
まだ直接言う勇気はなかった。今顔を合わせてしまったら、この決心が揺らいでしまうような気がする。また、嫌な部分の俺が出てきてしまう。
葵は俺のシャツをしっかり握っていた。帰った頃には小さな拳の跡がくっきり残ってしまいそうだ。
『―――はい』
コールが、終わる。
緊張して、言葉が出ない。体が浮いているような感覚になって、頭がくらくらする。
相手は、俺の様子を伺っているようだった。向こうから俺の言葉を急かしてくることはない。俺はそれに若干の焦りを感じて、言葉を紡いだ。
「俺――――おまえが好きだ」
ふ……と息を吐く音が聞こえる。
「初めて会ったときから……ずっと、気になってた。一緒にいるとなぜか安心して、取られたくないって、そう思うようになって。夏祭りの後も、ムカついたけど……嫌いになれなくて。
やっぱり、好きなんだ」
ずっと伝えてこなかった俺の気持ち。
初めて葵のことを人に話そうと思えた。俺の隠していた部分を、見てほしいと思った。何か言葉があるわけでもなく、ただ聞いてくれるだけで心が軽くなることを知った。
嫉妬した。あいつのことを楽しそうに見るその視線が嫌だった。俺のことを見てほしかった。初めて心から信頼できる人だった。
夏祭りの日、二人が出会わなければいいのにと思った。結果的に、あれが分かれ道だった。俺が朝霧に告白したことによって、大和が自分の気持ちに気付いてしまった。あのまま俺が何も言わなかったら、きっとこんな結果になんてなってなかった。
でも、もう後悔はしたくない。
好きだと伝えることは、悪いことだけじゃない。
「だから俺と、もう一度やり直してほしい――――大和」
俺達は同じ人間に恋をして、恋敵になって、友達じゃなくなってしまった。
俺は、大和と友達になりたい。
『………………うん』
長い沈黙の後、大和はそう返事をした。
優しい声だった。それは、初めて声を聞いたときからずっと変わらない。
『裕也がそれでいいなら、俺はずっと裕也を友達だと思いたいよ……ううん、思ってる』
目頭が熱い。俺はいつからこんなに涙もろくなってしまったのだろう。
そしてそんなときはいつも隣に葵がいる。そっぽを向いて、見ていないふりをしているのだろうが、不自然に上がる口角が隠せていない。
『……俺、裕也に内緒にしてたことがあるんだ』
そう言った大和の声は震えていた。
もしかして、大和も……。
『本当は裕也のこと、かっこいい人だってずっと思ってたよ。裕也は、俺がそういうことを言わないから気に入ってくれたのかもしれないけど、本当は顔が目当てなところもあったんだ』
胸が苦しくて、声が出ない。
『それと、こんな俺と……仲良くしてくれるのが嬉しかった』
大和が俺を好きになった理由? そんなのもう関係ない。
だって俺は、俺が、大和を好きなんだから。
『ありがとう、裕也』
溜め込んでいた涙が、ポロリと落ちた。一粒落ちれば、止まることなく流れてくる。
朝霧が好きだ。――好きだった。
でも、俺は失恋してしまって、大和と気まずくなった。だから、もう朝霧に大和を取られないよう邪魔する意味がなくなったのだ。
俺達は、もう友達と呼べない関係になってしまったから。
―――なんて、そんなことはなかった。
俺達は、友達だ。
これからも、友達でいていいんだ。