名取くん、気付いてないんですか?


 通話が切れて、空を見上げた。生ぬるい風で涙を乾かす。


 ろくな告白もできなかった朝霧とよりも、大和と話せない方が辛い。俺は、朝霧を好きになるより前から大和のことが好きだったのだから。


 だから……これでいい。


 ぐいと強引に残った涙を拭う。葵を見ると、嬉しそうに俺を見上げていた。なぜか瞳が濡れてキラキラと輝いている。


 葵にかっこ悪いところを見せてしまった。……いやいつも見られてるか。



「満足した。帰ろう」



 まだ俺のシャツを握っていた葵の手を取ってゆっくりと引いた。


 葵の小さくて柔らかい手のひら。俺と葵はこんなに体格差があるのに、いつだって俺の方が子供だった。


 きっと、葵の方がずっといろんなことを経験してきた。大切な人から自分の存在を消される痛みを俺が体験させた。



 俺は、小さくて大きい、無邪気なのに大人びた、そんな八雲葵が――――いとおしい。



 その言葉がすとんと心に落ちた。そうだ、いとおしい。恋じゃない、友情でもない、俺が葵に抱くべき感情は……それだったんだ。


 するりと手がほどかれる。


 ――――トン。


 俺が振り向く間もなく、背中は重くなった。


 葵は背中に顔を埋めてくる。腰に手を回して、離すもんかと引き寄せられた。


 ……いとおしい。胸が強く締め付けられたような感覚だ。



「拙者、寂しかった……! もっと、ずっと、師匠と一緒にいたかったんでござる! だから、もう絶対に離さないでござる! 二度と離れないでござる……っ!」



 恋とも、友情とも、はっきり答えられない。そんな曖昧な関係だ。名前は付けられない。


 でも……俺も、離したくないと思った。


 大和に対してにも朝霧に対してにも違う、この感情の名前は、いとおしい。


 今はまだ、それ以外の答えはなくていい――。





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