戦乱恋譚
その時。ガラリ!と医務室の扉が開いた。
強張った顔の咲夜さんは、意識が戻った伊織を見て、ほっ、としたように肩の力を抜く。緊張状態から解き放たれたような顔をした彼は、ゆっくりとベッドに歩み寄り、伊織に声をかけた。
「…このまま目を覚まさないのかと思いましたよ。」
「すまない。…心配をかけた。」
咲夜さんは、私をちらり、と見て言葉を続ける。
「華さまから、大体の事情は聞きました。顕現録は月派に奪われ、先代当主が満月の夜に屋敷に攻めてくる、と。」
「…!」
「屋敷の使用人に伝えたところ、屋敷に残って戦う、と皆が言いましたが…当主側近である私の権限で、全員に暇を取らせて帰らせました。」
「…賢明な判断だね。」
当主の顔つきになった伊織に、咲夜さんは静かに息を吐いた。
「満月の夜まで、あと“四日”。…おそらく、厳しい戦いになるでしょう。」
咲夜さんの言葉に、誰もが顔を曇らせた。
私は、ちくり、と胸が痛む。
(あの時、私が佐助に顕現録を渡さなければ、こんなことには…)
罪悪感で押しつぶされる心。私が、もっと警戒していれば。そんなことを思ったって、後の祭りだ。
「伊織殿。満月の日までは、絶対安静じゃ。傷が塞がったといえど、貴方の体は限界に近いのです。屋敷を出てはなりませぬぞ。」
銀次さんの言葉に、数秒の沈黙の後、こくり、と頷いた伊織は、やがて、ふっ、と眠りの中に入っていった。
私は、そんな彼の寝顔を見つめながら、心に重い靄を抱えたのだった。