戦乱恋譚
「…ごめん。ここに、顕現録があれば…」
私は、つい俯いた。あの書物のページをめくれば、何かしらのヒントがあったかもしれない。作り方が分からなくても、試行錯誤をすれば、きっと可能性はあった。
千鶴は、『姫さんのせいじゃねぇだろ。』と言ったが、その優しさに、私は何も答えられない。
───バタバタ…
「『!』」
その時。屋敷が何やら騒がしくなった。『なんだ…?』と千鶴が眉を寄せると廊下の向こうから、焦った様子の虎太くんが走って来るのが見える。
『どうした、虎太?なんの騒ぎだ?』
すると、千鶴の問いに、彼は血相を変えて答えた。
『伊織さまが、医務室からいなくなられたんです!』
(!!)
どくん、と嫌な胸騒ぎがした。彼はまだ、絶対安静のはずだ。かつて、伊織が単独で派閥の小競り合いに出向いた記憶が蘇る。
(…まさか、一人で月派の元に…?!)
『屋敷の中は探したのか?』
『はい。…でも、離れにもいないみたいで…!…伊織さま………』
泣きそうな表情を浮かべる虎太くん。
…と、その時。私の脳裏にかつての伊織との会話がよぎった。
“…大きな神社だね。”
“えぇ。ここには、戦の神様が宿っていると言われていましてね。…俺も、戦地に赴く前は、必ず立ち寄っているんですよ。”
「まさか…あそこに…?」
私の呟きに、二人の視線が集まった。彼らに説明する余裕もなく、走りだす。
『!おい、姫さん!』
千鶴が呼ぶ声が聞こえたが、私の足は止まらなかった。